来るべき決戦

来るべき決戦①

 第二次レンベルク要塞攻略戦に勝利したサラサは、そのままエストブルクに入った。カランブルの時と同様に歓呼の声で迎えられた。二度目となるとサラサも慣れたもので、コーメルが馭者を務める馬車に揺られながら、エストブルクの市民に愛想を振りまいていた。しかし、引きつった笑顔で手を振っていても、サラサの頭の中は戦後処理について思考を巡らせていた。


 まず最初に取り組んだのは、エストヘブン領の処遇をどうするかであった。サラサはエストヘブン領を掌握しながらも、エストハウス家の者ではない。従って彼女がエストヘブン領を治める正当な理由などなかった。だからサラサは当初、自らはコーラルヘブン領の領主となり、エストヘブン領はエストハウス家の血を引くものを見つけ出し、その者に任せようと考えていた。そのように考えていた矢先、ミラが困り顔でサラサに面会を求めてきた。


 「実はアズナブール様の叔父君に当たる方がサラサ様にお会いしたいと……」


 「アズナブール殿に叔父がいたのか?ということは、ベストパール殿の弟だな」


 「はい。如何致しましょう?」


 「会わないわけにはいかないだろう」


 これは渡りに舟かもしれない。その者にエストヘブン領を委ねてもいいのかもしれない、とサラサは思った。


 「おお!ミラ!君がサラサ殿のお知り合いだったとはな。いやいや、これは祝着祝着!」


 アズナブールの叔父という細身の初老の男は、よく喋った。軽薄そのものと言った感じで、サラサがのっけから嫌悪感を抱いた。


 「いやいや、サラサ殿。本当に礼を申し上げる。我が領地をよく解放してくださった!」


 叔父の口ぶりは、さも自分がエストヘブン領の領主となって当然という感じだった。サラサは失望を禁じえなかった。


 『主家が危機の時に息を潜め、それが終わった途端に果実を譲り受けて当然と考えているような輩です。この地をお任せになるのは止した方がよろしいかと』


 傍にいたジロンが耳打ちをした。ジロンはすでにサラサの意中を察し、助言してきたのだろう。サラサも尤もだと思った。


 「あなたが新たな領主となってもよろしいかもしれないが、いずれ皇帝に率いられた大軍が攻め寄せてきます。当然あなたが対処されるのですね?」


 とサラサが問い掛けると、叔父は顔を真っ青にして饒舌な口を閉じた。そしてその日のうちに叔父はエストブルクから逐電してしまった。


 これでエストハウス家の者にエストヘブン領を任せると言う考えが脆くも崩れ去ってしまった。仕方なくサラサは、コーラルヘブン領の領主となり、エストヘブン領をその保護下に置くことにした。しかし結局は、エストヘブン領の各地の市町村長や長老達の嘆願を受け、エストヘブン領の領主にもなった。ここに帝国史上、初めて二つの領地を持つ領主が誕生した。




 次にサラサを待っていたのは、捕虜になったルーティエの処遇であった。


 縄に縛られサラサの眼前に引き出されたルーティエは憔悴していた。


 「私は別にお前に恨みなど持っていない。だが、エストブルクの民はどうだろうな?重税に苦しみ、悪法に喘いだ。その怨嗟が私のような人間をこの場に立たせている。お前を怒り狂う民衆の中に放り込んだらどうなるだろうな?」


 サラサが脅すと、ルーティエの顔は青白く塗り替えられた。


 「しかし、戦場以外で血を見るのは私の本意ではない。生きて行く術があるのなら、何処となりへと行け」


 サラサはルーティエの縄目を解いて解放した。




 続いてサラサは近隣の領地に書状を出した。具体的にはシラン領、テーリンズ領、スフォード領、そしてサイラス教会領であった。


 『この度の挙兵は皇帝の無慈悲な圧政からコーラルヘブン、エストヘブンの両領を解放するためであり、他意はありません。従って貴殿の領地を侵略するような意図は毛頭ありません』


 と近隣の領地を侵さないことを明言した。そして、


 『いずれ皇帝が大挙してエストヘブン領に押し寄せてくるでしょうが、積極的に協力しないでいただきたい』


 サラサが一番言いたかったのはそこであった。勿論、近隣領主に協力されては戦略戦術上不利になるし、それよりも今後のことを考えると近隣の領民達に迷惑をかけたくなかったのだ。


 この書状の効果はすぐにあった。シラン領の領主より協力の要請があったのだ。


 「我が領地は小さい故、積極的には協力できませんが、陰ながら応援させていただきます」


 シラン領領主は家老を遣わしてそのように言上し、兵糧や武具を持参してきた。


 「ありがたいことです。大切に使います」


 正直なところ、テナルのおかげで兵糧や武具には困っていない。しかし、こういう好意こそ大切にしたかった。サラサは喜んでシラン領領主の援助を受けた。


 『さて、後は皇帝がいつ来るかだ……』


 ジギアスの気性上、そう遠い未来ではあるまい。エストヘブン領を失陥し、大将軍バーンズが敗北したとあれば、勢い勇んでくるのは間違いなかった。サラサの頭脳は、来るべき決戦に向けて高速で回転していた。

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