苦悩⑥

 敵兵が退いていく。その知らせに接したバーンズは機敏であった。


 『好機だ!』


 攻城戦が失敗して撤兵する軍隊は士気が低く、軍容も雑然とする。長年の経験でそう判断したバーンズは、敵軍への追撃を敢行した。


 当然、北の支城に居座るルーティエにも出撃するように命令書を送った。ここでルーティエが動けば理想的な追撃包囲戦を展開することができたであろう。しかし、バーンズへの反感からルーティエは動かなかった。これによりバーンズは長蛇を逸し、サラサは救われることになった。


 それでもサラサ軍が受けた被害は甚大なものであった。バーンズがまず襲い掛かったのはリーザの第四軍。後々まで攻勢に強く守勢に弱いといわれてきたリーザの第四軍は、バーンズ軍に後背を襲われ脆くも崩壊した。


 「退くな!逃げる奴はぶっ殺すぞ!」


 リーザが声を荒げて踏み止まらせようとしたが、それもむなしくリーザ軍は四散した。


 リーザ軍を蹴散らしたバーンズは、さらに追撃を続けた。やがて敵影はサラサのいる本陣にも迫ってきていた。


 『私としたことが!』


 敵の追撃は十分に予測していた。そのための備えもしてきたつもりであったが、敵の方がどうやら上手であったらしい。


 「サラサ様、撤退しましょう!」


 すでに戦場が近づきつつある。ミラが悲壮な顔つきで進言してきた。


 「嫌だ。まだ戦っている兵士がいるのに退けるか」


 ここで総司令官が簡単に退けば、今後の士気に影響する。それと同時にサラサの本心でもあった。


 「変な駄々をこねないでください。ここでサラサ様を失ってしまっては、全てがお仕舞いになってしまいます」


 「ならば次はミラが全軍の総司令官になれ」


 「サラサ様!冗談を言っている場合ではありません!」


 ミラが目を充血させて叫んだ。今にも泣き出しそうであった。


 「ミラ殿。説得しても無駄でありましょう。こうなれば力ずくで」


 流石にジロンは落ち着いていた。ミラに目配せすると、素早く騎乗した。


 「そうですね……。失礼します!」


 ミラはサラサを軽々と担ぎ上げると、馬に乗った。


 「こら!ミラ!」


 「エスティナ湖近郊まで撤退する。隊伍を乱すな!」


 すでに指揮ができない状態にあるサラサに代わってジロンが命じた。サラサは荷物のように扱われながら、戦場から離脱した。




 サラサ軍の崩壊を救ったのは、ネグサスの第二軍とクーガの第三軍であった。


 ネグサスの第二軍は南の支城を攻めていたので主戦場から遠い。急いでも間に合わないと判断したネグサスは、寧ろ南の支城を強襲して敵の注意をこちらに向けようと考えたのだ。


 「支城をひとつでも落とせば敵は動揺する」


 部隊に下達したネグサスは一気に南の支城に迫り、猛攻を加えた。陥落させることはできなかったが、バーンズが後方を気にし、サラサ軍本陣への追撃を断念させることには成功した。


 そしてクーガの第三軍は、バーンズ軍の前に立ち塞がり、数度にわたって猛攻をよく凌いだ。


 「落ち着いて対処するんだ。昔、樵をやっていた時、熊の群れに襲われたことがあったが、その時よりはるかにましだ」


 クーガは、そんな冗談なのかどうなのか判然としないことを言って周囲を笑わせ落ち着かせた。クーガ軍首脳部の守勢における作戦指導は巧みで、バーンズ軍は進撃を阻止され、砦へと退いていった。それを見届けたクーガ軍は、悠然とサラサ軍本陣との合流すべく移動を開始した。

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