苦悩⑤
「敵軍との間に割って入ってきたのは確かに大将軍の軍勢だったんだな?」
リーザからの報告を受けたサラサは確認するように訊いた。
「おう……いや、はい。間違いないです。ありゃ、大将軍の旗印だったぜ」
ぎこちないリーザの言葉遣いに苦笑しながらも、サラサの心中は穏やかではなかった。
いずれ皇帝ジギアスや大将軍バーンズと対決することを覚悟していたが、こうも早く相対するとは思っていなかった。
『いきなりの大物だな……。戦略眼も優れ、部隊も精強と聞く』
しかもレンベルク要塞という巨城に拠っている。一筋縄ではいかないだろう。
「ジロンは旗印を見たか?」
サラサは前線視察に行っていたジロンに改めて尋ねた。
「見ておりませんが、あの絶妙の間に割って入ってきたのは大将軍のものでありましょう」
流石に神託戦争を潜り抜けてきた勇士ジロンである。剣捌きだけではなく、戦術眼も尋常ではなかった。
「大将軍といえばバーンズ・ドワイトだな。どういう男だ?」
「皇帝ジギアスほどの華麗さはありませんが、堅実な戦をする男です」
「ふむ。難敵だな」
サラサは見飽きた感じのある地図を眺めた。レンベルク要塞と近隣の地図である。どう攻めるべきか何度も考えてきたが、妙案は浮かばなかった。
『ひとつの本丸と二つの支城。そして周辺に広がる森林。これを正面から攻めるには我らの数は足りない』
要塞の兵力を野外に引きずり出して野戦で決戦するしかない。サラサはそう考えてリーザ軍を先陣にして敵の誘引を謀ったが、半ば上手くいきながらも肝心なところでバーンズに阻まれてしまった。
「大将軍は我々の意図を察していると見ていいな」
サラサはジロンを見た。ジロンは顎をさすりながら眉間に皺を寄せていた。
「でしょうな。迂闊には出てこないでしょう」
「厄介なことになったな」
幸いにしてテナルの手腕によって兵糧に困ることはない。兵の補充も順調である。しかし、あまり時間をかけていては兵の士気は緩み、敵のさらなる援軍を呼び込む時間を与えることになる。そうなるとサラサ軍はますます不利な状況になっていく。
「あまり奇をてらう必要はありますまい。時間をかけてゆっくりと敵の様子を見るべきでしょう」
クーガがいかにも彼らしい意見を述べた。それに対して、
「大将!もう一度私らにやらせてくれ!今度は支城のひとつでも分捕ってくるからよ」
リーザはリーザらしいことを言った。
「ふうん……」
いつもは明快に戦術を練り即断するサラサであったが、この時ほど悩みに悩み優柔不断になったことはなかった。
「ひとまずは間断なく攻め、相手の出方を見よう」
そういう判断を下すのがやっとであった。
サラサの不徹底な命令の下、レンベルク要塞への攻撃は継続された。命令内容が内容だけに攻撃の度合いは精彩を欠き、ろくな進展がないまま数日が過ぎた。
「味方の損害はそれほど大きくありませんが、おそらくは敵も同様でありましょう」
ジロンが淡々と報告をする中、サラサは下唇を噛みながら黙って聞いていた。
明確な解決の糸口が見えない以上、損害を出すような攻撃はできない。そう考えたサラサは徹底した攻撃命令を出せずにいた。
「いかがしましょう。このまま攻撃を続けても良い結果が出るとは思いませんが……」
ジロンは一時的な撤兵を暗に示唆した。サラサも昨日辺りからそのことを考えていた。
『だが一時的に退いてどうなる?あの要塞を圧倒できるほどの兵力が集まるのにどれほどの時間がかかるんだ……』
現在、サラサ軍が動員できる兵力は、カランブルなどの守備兵力を集めても六千名がやっとである。サラサの見立てではレンベルク要塞を力で抜くには最低でも二万名の兵力は必要であろう。それだけ集めるのに何年掛かることか。
『やむ得ん。一時退いてじっくりと考えるか……』
サラサはようやく重い腰を上げた。全軍に対し、エスティナ湖近郊まで撤収することを命じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます