深い森を抜けて

深い森を抜けて①

 エスティナ湖近郊まで撤退したサラサ軍は数日かけて各軍が合流し軍容を整えた。同時に今回の戦いで受けた被害も明確になってきた。


 サラサ軍大崩壊の危機を救った第二軍、第三軍の損害は比較的軽微であった。しかし、リーザの第四軍は壊滅的であり、死傷者は五百人にも及んだ。これは第四軍の半数であった。


 ほうほうの体で逃げ出してきたリーザは、サラサの眼前に出るなり大声で泣きはらし、土下座をした。


 「サラサ様!申し訳ございません!」


 「リーザのせいじゃない。すべては私の判断が甘かったんだ」


 「しかし……」


 「勝敗は兵家の常だ。まだ戦いの先は長い。気に病むな」


 それはサラサが自分自身に言い聞かせているようであった。


 「引き続き任務に就け。明日にでもカランブルから援軍が到着する」


 当初、サラサはリーザの第四軍を下がらせ、傷が癒えたジンの第一軍と交代させようと考えていた。しかし、ジロンに意見を求めると、


 『ここで懲罰的にリーザを前線から遠ざけると、彼女と彼女の部下の士気は著しく低下します。寧ろ名誉挽回の機会をお与えになったほうがよろしいかと』


 そう反論された。尤もだと思ったサラサは、カランブルに早馬を出し、援軍を要請したのだった。




 翌日、カランブルから補充の兵員と兵糧が到着した。それを引率して来たのはテナルであった。


 「お前自身が来ることなかろう」


 「エスティナ湖近辺の調査をしておきたいと思いまして……ご迷惑であったでしょうか?」


 と申し訳なさそうに頭をかくテナルであったが、サラサにしてみれば救いの神に見えた。


 『こいつの超人的な事務処理能力があればあるいは……』


 ここ数日、サラサは密かに考えていた作戦がある。それには軍事的な才能よりも、地味ながらも計算された事務処理が必要になるものであった。


 「テナル、調査は後回しだ。話がある。ちょっと来い」


 サラサはテナルの袖を掴み、天幕に連れて行った。そこで早速、サラサが考えている作戦を打ち明けた。


 「作戦の肝はこの前段階にある。できると思うか?」


 サラサが作戦を説明している間、ずっと帳面に筆を走らせていたテナルは、少し考えた後口を開いた。


 「可能は可能です。そうですね、クーガ殿の第三軍の手を借りれば手早くできるかと思います」


 「クーガか、確かに適任だな。よし、みんなを呼んでくれ。次の作戦の説明をする」


 きっと諸将は驚くだろう。古今の戦史に例のない、奇想天外な作戦が実行させようとしていた。

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