苦悩③
バーンズが援軍として来る。その知らせに接したルーティエは動揺を禁じえなかった。
『このままでは手柄を大将軍に掠め取られる……』
バーンズは歴戦の武人である。それだけではなく、帝国における地位もルーティエなどよりもはるかに上位である。彼が来れば、風下に置かれるのは必然であった。
『それまでにけりをつけるか……』
と考えないでもなかったが、反乱軍は本拠地であるカランブルまで撤退している。現状ではカランブルまで攻め上るのは不可能であった。
『まぁ、大将軍の手腕に期待し、最終的な手柄は私が手にすればいいか……』
いざとなれば、ジギアスに取り入ってバーンズを貶めることもできる。ルーティエはそうやって現在の地位を手に入れたのだ。今回も乗り切れる自信があった。
大将軍バーンズが援軍を率いてエストブルクに到着したのは、日輪の月十五日のことであった。総数は二千名。その軍容は大将軍が率いるに相応しいほど威風堂々としていて、エストブルクに駐留している帝国軍がみすぼらしく思えるほどであった。
「火急の援軍要請故、十分な準備ができませんでしたが、追って援軍を届けさせる予定です」
挨拶に来たバーンズは、以前見た時よりもやつれているように見えた。相次ぐ反乱で各地を転戦してバーンズも疲れているのだろう。
「ひとまず状況を……」
バーンズが促したので、ルーティエは一応正確な現状を話した。
ルーティエから現状を聞いたバーンズは、きりりと胃が痛むのを感じた。ここ数ヶ月続く胃痛は一向に治る気配がなかった。
『状況は思いのほか悪い……』
コーラルヘブン領とエストヘブン領の大半を支配されている。これほど広大に地域を反乱軍に奪われているのは、これまでないことであった。
『しかも我が軍は、圧倒的多数誇りながらも負け続けている……』
コーラルヘブン領の戦い、エスティナ湖の戦い。いずれの戦闘の推移を見てみても、反乱軍の戦い方は卓越していた。
「敵の将帥はサラサ・ビーロスと言う少女です。勝ち得たのは偶然ですよ」
ルーティエはそう説明したが、これは明らかに偶然の勝ち方ではなかった。計算された優れた戦術の下に得られた勝利である。
『よほど優れた軍師がいるか、あるいはサラサ・ビーロスに非凡な才能があるか……』
皇帝側の人間でサラサの異才に気がついたのは、バーンズが最初であったと言っていい。しかし、この時はまだそれは不完全なものであった。
「大将軍が来られた以上、我々としては心強い限りです。今すぐにでもカランブルへ攻めあがりましょう」
ルーティエは鼻息荒く主張した。確かに兵力だけを考えればそれも悪くない。
『しかし、敵軍は地の利があるだけではなく、野戦を得意としている。迂闊に攻めるのは危険だ』
まずは様子を見るべきだ。長期戦になってでも、ここはじっくりと腰をすえた戦いをバーンズは覚悟していた。
「いや、まずはレンベルク要塞に籠もり、攻めて来る反乱軍を消耗させる。その後に敵を打ち破る」
芸はないが、常套手段である。時間は掛かるが、確実に勝つにはこれしかなかった。
「なんと悠長な!帝国の秩序を乱す反乱軍どもを野放しにしておくんですか」
「そうではない。確実に敵を破るためだ」
バーンズが反論すると、ルーティエは顔を真っ赤にして睨みつけてきた。
まずい、とバーンズは思った。エストヘブン領を預かるルーティエとの仲違いは、避けねばならないことであった。しかし、戦争の進め方については譲るわけにはいかなかった。
「戦については私に一任してもらう。それが皇帝陛下の御意思であり、大将軍としての職務である」
無骨なバーンズは、そう言うのが精一杯であった。ルーティエは顔を真っ赤にしたまま、何も言わずその場を去っていった。
バーンズは早速レンベルク要塞に身を移した。これで自由に采配を振るえると思っていたのだが、ルーティエもレンベルク要塞について来たのだった。
『私の采配に干渉するつもりではないだろうか……』
という疑念がバーンズにはあった。そしてその疑念はすぐさま現実のものとなった。ルーティエが要塞の本丸に駐留していた一部部隊をバーンズに無断で支城に移したのだ。自らも支城に移動しようとしたルーティエを捕まえたバーンズは厳しく問いただした。
「どういうつもりか!徒に兵を分散させるとは!」
ルーティエは冷笑を浮かべて言い返してきた。
「これは妙なことを仰る。大将軍が連れてきた部隊はともかく、エストヘブン領にいる部隊の指揮権は私にあるはず。私に指揮権のある部隊を動かして何が悪いのです」
「なんと屁理屈を!」
バーンズはかっとなって声を荒げた。戦場において二重の指揮系統ほど味方を混乱させることはない。それをルーティエと言う小娘は分かっているのだろうか。
「屁理屈なものですか。ではお聞きしますが、我が部隊までも大将軍の指揮下に入れという陛下の勅状でもお持ちなのですか?」
次から次へとよく屁理屈、詭弁が出てくるものである。こういう奴が舌先三寸で皇帝に取り入り出世するのである。バーンズは帝国の前途に暗いものを感じざるを得なかった。
「ともかく、私は陛下の勅任官です。陛下のご指示にのみ従うものです」
ルーティエは一歩も引くことなく、去っていった。
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