名もなき旗のもとに②
皇帝と教会の争い以後、レンは教会に復帰し、司祭となっていた。これに合わせてガレッドも僧兵に復帰し、壊滅状態になった僧兵の再編に当たる一方、レンの片腕として働いていた。
シードとエルマはと言うと、やはりエメランスに留まり、雑務などを手伝いながら日々を過ごしていた。何だかんだ言っていたエルマも、食事だけは美味い、と言ってエメランスでの生活に馴染んでいた。
最も環境が変わり忙しくなったのは天使エシリアであった。駐在官であったドライゼンが失踪(という風に天界に説明された)したために、エシリアが駐在官の代理に任命され、日々業務に忙殺されていた。そのような事情のため、サラサ、ジロンを含めた全員が揃うのは実に久しぶりのことであった。
「カランブルの民衆が武装蜂起した。現地にいる者から早々に戻って来いと言われている」
サラサは端的に伝えた。レンが真っ先に口を開いた。
「行くのですね?」
「うん。私の想定よりも随分と早かったけどな」
この数ヶ月の間で、サラサはレンに対して友誼を芽生えさせていた。サラサにとっては、初めてできた同年代の友人であった。
「寂しくなりますが、これもお互い選んだ進むべき道ですものね。可能な限り協力させてください」
「もとよりそのつもりだ」
サラサは笑ってみせたが、寂しさを拭い去ることはできなかった。
「サラサ殿、某も同行させてもらえまいか?」
突如、ガレッドが身を乗り出すように言い出した。レンの表情がさっと曇り出した。
「何を言い出すんだ、生臭坊主。闘争心に火でもついたか?」
「そうではござらん。今の某、エメランスにいるよりかは、その方がお役に立てるかと……」
「馬鹿なことを言うな。まだまだ教会の内部は混沌としている。誰がレンを守ってやるんだ」
レンの名前を出されると、ガレッドは何も言えず沈黙してしまった。レンが喜色の表情を見せ、サラサに目配せしてきた。
「おい。私とシードは連れて行け。坊主のおっさんよりも役に立てるぜ」
と言ってきたのはエルマであった。きっとしばらく暴れられなくてうずうずしているのだろう。シードは別としてエルマは戦力になるかもしれない。
「それは駄目です。当然シード君もです」
異を唱えてきたのはエシリアであった。
「ああ?何でだよ?」
「もうすぐ天界から新しい駐在官が来ます。私は天界に帰りますが、シード君にも一緒に来て欲しいのです」
「そんなこと知らないね。勝手に帰れよ」
「あなたにも天界に来てもらいますよ、エルマさん」
エシリアはとんでもないことを言い出した。悪魔であるエルマを天界に?案の定、エルマは呆気に取られ、腑抜けた顔をしている。
「天帝様より多くの翼を持つシード君も謎ですが、あなたも十分に謎ですエルマさん。あなたは何者ですか?」
「は、はん?何を言ってやがる!」
正気を取り戻したエルマが噛み付いてきた。
「その強大な魔力。尋常ではありません。それに悪魔と言う存在も、やはりおかしいです。あなたは悪魔を自称しますが、私はあなた以外に悪魔を見たことがありません」
「当たり前だ!魔界はお前らによって封印されているんだぜ。私は抜け道を知っていて出てきただけだ」
本当にそうかしら、とエシリアは疑わしそうに呟いた。
「兎に角来てもらいます。いいですね」
「行きましょうよ。エルマさん。僕は行きたいです」
そうシードに言われ、勝手にしろ私は行かない、とエルマは拗ねたようにそっぽを向いた。
「これで別々となるな。お互いの情報交換は綿密にしよう。特に気をつけて欲しいのは天使の動向だ。はっきり言ってエシリア様以外の天使は信用しないほうがいい」
サラサが言うと、エルマを除く全員が頷いた。
「それでいつ旅立たれるのですか?」
「すぐにでも行く。まともな準備もできていないはずだから、時間は一日でも惜しい」
「そうですか……。送別の宴でもしたかったのですが……」
「無用だ、レン。永久の別れじゃないんだからな」
寂しそうにしているレンにサラサは陽気に言った。しかし、サラサの足は一刻でも早くカランブルに戻りたくてうずうずとしていた。
結局サラサは、ジロンだけを供にしてエメランスを出立した。レン達数名が見送ってくれたが、サラサがこれから成すことを思えば実に寂しい旅立ちではあった。
「サラサ様、どういたしましょうか?真っ直ぐにカランブルに向かうか、それともどこかで一度落ち着いてカランブルから迎えを寄越させますか?」
ジロンが騎馬で併走しながら尋ねてきた。
「カランブルがどうなっているか分からないんだ。迎えを寄越させるにしても、私達だけでカランブルに近づくのは危険だ」
「では、どうされますか?」
「ちょっと寄り道するが、シュベール公の領地に寄ろう。かの男に協力を願う」
サラサは、アルベルトより幾ばくかの兵力を借りようと考えていた。
「よろしいので?」
ジロンがそう訊くのも無理なかった。ひとつにはサラサがシュベール家に抱く感情がある。それに兵を借りるとなれば無償というわけにはいかない。何かしらの見返りを求められるかもしれないし、そもそも貸してくれるとも限らないのだ。
「よろしくないが、やむを得まい。あの男の酔狂さに賭けるしかない」
サラサは悔しそうに唇を噛んだ。本音で言えば、シュベール家から兵など借りたくないのだ。
「サラサ様……」
「ジロン。私はエストヘブンとコーラルヘブンを独立されるためには、最低でも二年の準備が必要だと考えていた。二年あれば皇帝への不信は極度に高まり、兵力の面でもそれなりに準備もできただろう。ところがたった半年だ。半年の準備で何ができる!何もできていないじゃないか!」
サラサは悔しさを虚空に向けてぶつけた。この憤りをぶつける先がそこにしかなかったのだ。
「お気持ちは分かります、サラサ様。しかし、起きてしまったことを悔いては始まりません。今はその機運を是といたしましょう」
サラサは何も応えず、じっと馬の進む先を見据えていた。
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