寒波去らず⑥
僧兵達が皇帝軍に大敗し、ほうほうのていで逃げ帰ってきたばかりであり、レン達はやすやすとエメランスに入ることができた。
「どうやら手ひどくやられたみたいですね」
エシリアが言うまでもなく、僧兵達が散々な目にあったのは明らかであった。襤褸切れのようになった僧兵達が所々に転がっている。死んでいるのか、かろうじて生きているのか、判然としないほどであった。
「はん。自業自得だな。従うべき人物はちゃんと選ばないとな」
エルマは容赦がなかった。気持ちは分からないでもないが、捨ててはおけなかった。
「エシリア様。大聖堂にいる司祭達を集めて看病しましょう」
「そうですね。でも、その役目は私に任せてください。レンさんは、ガレッドさんとエルマさんを連れて教王庁へ」
「教王庁……」
教王庁がどのようになっているかは、想像に難くない。きっと大混乱に陥っていることだろう。それをレンに収めろということなのだろうか。
「エルマさんではありませんが、あそこには悪い奴らがいます。ぶっ飛ばせとまでは言いませんけど、引導を渡してやりなさい。それがあなたの使命です」
「分かりました」
レンは覚悟を決めたのだ。悩んだり、躊躇っている時ではないのだ。
「ガレッドさんとエルマさんはレンの護衛を」
「承知致した」
「命令すんじゃねえよ。でも、暴れられるんならありがてえ」
「暴れるのは最後の手段ですよ」
エシリアは今にも暴れ出しそうなエルマに釘を刺した。
エシリアと別れたレン達は教王庁へ急いだ。道中、制止する者などおらず、教王庁まで辿り着くことができた。
「鍵が掛かっているようでござるな」
ガレッドが教王庁の中に入る扉のノブをがちゃがちゃと回した。
「はん!ぶち破ってやろうぜ!」
流石にそれは、と思ったレンが制するまもなく、エルマが扉を蹴破った。
修理にどのくらいかかるだろう、などと思いながら中に入ってみると、玄関広場には人がいなかった。いつもは人の往来の激しい建物なのに、人の気配が微塵も感じられなかった。ただ、どこからか怒号に近い人の声が聞こえてきていた。
「ちゃんといるみたいだな。誰もいないのかと失望していたところだぜ」
エルマが嬉しそうにニヤニヤしている横で、ガレッドが耳を澄ませていた。
「奥の方でござるかな?」
「だぶん二階じゃないですか?あそこには議事堂があるはずです」
「よし!突撃だ!」
エルマが笑いながら走り出したので、レンとガレッドは慌てて付いていった。階段を上り、議事堂のある方へ向かうと、声が大きくなって聞こえてきた。間違いなく教王達はそこにいた。
先にたどり着いていたエルマは、再び扉を蹴破るという暴挙には出ず、立ち尽くして中の様子を伺っていた。
「どうしたんですか?」
「いやね。面白いやり取りだったから、つい聞き耳立てちまってよ」
お上品じゃねえよな、と言いつつも、エルマは扉に耳をつけていた。尤も、そんなことをしなくても、十分に中のやり取りが聞こえてきていた。
『このエメランスにいた僧兵はほぼ全滅ですぞ!これもすべて教王の責任ではないか!』
『何を言うか!皇帝軍など竹ざお一本で十分と意気込んでいたのは、貴様ら僧兵であろう!』
『そもそもは司祭どもの火遊びであろう!我ら僧兵はそれに従ったまで!』
『何をいまさら!自分達の無能の責任を我らに転嫁するのか!』
それぞれの台詞の主が誰であるかは判然としない。しかし、中にいる人々が動揺、混乱し、互いに責任を擦り付けようとしているのは明白であった。
レンは、腹立ちを抑えられなかった。自分が神託戦争で教会を追放された時も、このようにして責任を擦り付けられたのだろうか。いや、自分の時のことはいい。もう過ぎたことであるから。
しかし、今は違う。多くの僧兵が犠牲になり、アルスマーンも殺された。それにも関わらず、この中にいる大人達は誰一人として責任を取ろうとしない。
『こんな大人達だから、教会は乱れ、世も乱れるんだ!』
レンはこれほど自分の感情を抑えられないのははじめてであった。
「ガレッド!エルマさん!扉をぶち破ってください!」
「え?ええ?」
「早く!」
「りょ、了解でござる!」
ガレッドが肩から扉にぶつかり、扉を倒すようにして破壊した。
突然のことに議事堂内部はしんと静かになった。青ざめて椅子に沈み込んでいる教王バドリオ、その腰巾着であるオブライトと僧兵総長は今にも取っ組み合いを始めようとしていた。
彼らはたった三人の闖入者を誰何しようともしなかった。ただ自分達が繰り広げてきた責任の擦り付け合いを停止され、呆然とレン達を眺めているだけであった。
「おやめなさい!みっともない!」
レンは自分でも驚くほどの大声を出した。
「だ、誰だ!」
ようやく僧兵総長が叫んだ。
「誰でも構いません!それよりも教会の中心部で何たる無様な醜態!恥を知りなさい!」
「ぶ、無礼な!教王様の御前であるぞ!」
次に叫んだのはオブライトであった。この期に及んで教王の腰巾着であることはやめないらしい。
「無礼?教王がそれほどにも偉いのなら、今すぐ今回の事態の責任を取りなさい!」
オブライトはすぐさま反論できなかった。ざまぁみろ、とばかりに笑みを浮かべている僧兵総長にもレンは激しく言った。
「何をへらへらとしているのです、僧兵総長!戦争をしようとする教王を諫止もせず、その話に乗ったのはあなたではありませんか!責任を取るべきは、あなたものです!」
僧兵総長は悔しそうに顔をゆがめた。
誰も一言も発しなくなって、ようやくバドリオが顔をあげた。流石にレンを追放した張本人だけに、レンの顔を覚えていたらしく、覿面に驚いていた。
「貴様は……レレン・セントラス。教会を追放された分際で、何を偉そうに!」
「ええ、私は教会を追放されました。でも、私は自分の行いに一点のやましさもありません。私の神託を利用し、意味のない戦争を始めたのは教王、あなたではありませんか!」
「や、やかましい!そいつを黙らせろ!殺せ!」
バドリオは激昂し、聖職者としてあるまじき暴言を吐いた。以前であれば、それに従う者もいたであろう。しかし、もはや彼には教王という神通力は失われいて、誰一人としてレンに襲い掛かろうとする者いなかった。
「な、何をしている!私は教王だぞ!」
そのことに気がついていないのは、バドリオぐらいであったかもしれない。腰巾着のオブライトすら顔を伏せ、バドリオから目を逸らしていた。
「誰も教王の命令を聞けんのか!」
「お見苦しい!」
と叫んだのは僧兵総長であった。抜刀すると、バドリオの胸を剣で一突きした。
「馬鹿者が!」
すぐさまガレッドが僧兵総長に飛び掛り押さえつけたが、すでに遅かった。大量の血を噴出し倒れたバドリオは、二度と動くことがなかった。
「お前ら動くなよ!御大将が死んだんだ。観念しろ!」
すかさずエルマが司祭達の前に進み出てすごんで見せた。あまりの唐突の出来事に言葉を失った彼らは、もはや反論をする気力もなくしてしまったようであった。
「こんな結末、望んでいませんでしたが……」
レンとしては、血を見ないようにして事を収められればと思っていた。しかし、血を見るどころか人ひとりの命を失ってしまった。特に教王バドリオには生きて罪の償いをして欲しかったのだが……。
「いいじゃねえか。結果的に黙らすことができたんだからよ」
エルマは言う。正論ではあったが、レンは釈然としなかった。
「ここにいる者は全員そのままで。皇帝陛下に使者を送り、その仕置きを待ちます」
たが、いつまでも釈然としないままでは済まされなかった。レンは、大聖堂にいるであろうアルスマーン派の司祭達を集めて今度どうするかの対策を協議しなければならなかった。
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