寒波去らず⑤
総勢千名あまり。一万近くに膨れ上がった皇帝軍に勝てるはずもないことは、戦の経験がないバドリオも承知していた。それでも出撃したのは、天使ドライゼンの協力を得られたからに他ならなかった。
『皇帝軍を平原で迎え撃て。時を見て我らが魔法にて皇帝軍に壊滅的被害を与えるだろう』
ドライゼンはそのように言った。バドリオはその言葉を頭から信じていた。だからこそ、自らも軍に帯同し、圧倒的多数に挑む僧兵達の士気を鼓舞しているのであった。
『確かに我らは数の上では劣勢である。しかし、必ずや教王様の功力によって皇帝軍は地獄の業火によって焼かれるだろう』
バドリオはそう吹聴させた。出撃した僧兵達はいずれも教王に強い忠誠心を持っている者達ばかりなので、誰しもがその言葉を信じていた。
事実、バドリオの目論見ではそうなるはずであった。天使ドライゼン達の魔法によって皇帝軍は壊滅的被害を受けることになっていた。
両軍はエメランスのある山岳の麓付近の平原で合間見えた。天候は晴天であったが、足首ぐらいまでに雪が積っていた。
「この積雪からして我らに有利なのである。皇帝軍は雪に慣れていない。これぞ天帝様のご加護ぞ」
僧兵総長も声高に訴えた。興奮状態の軍隊というのは異常なもので、どんなに数的に劣勢であっても、今の彼らは必勝を信じて疑わなかった。
僧兵軍は、皇帝軍の先陣を発見すると、軍隊としての秩序などどこかに置き忘れたかのように突撃していった。さながら獲物を発見した狩猟民族のようで、その無秩序さに僧兵総長は流石に動揺した。
「よいではない。この勢いこそ大事としよう」
後方でその様子を眺めていたバドリオは、傍らに控える僧兵総長にそう言った。
実際に僧兵達の勢いはすさまじいものであった。皇帝軍の先陣を行くのは、ダルファシル領の隣にあるメロス領の軍勢であったが、瞬く間に切り崩されて後退を余儀なくされた。これはドライゼンの力を借りずとも勝てるかもしれない、と一瞬期待したほど僧兵達の活躍は目覚しいものがった。
だが、その期待は長く続かなかった。皇帝軍の第二陣に接すると僧兵達の動きは鈍化していった。それどころか皇帝軍の第三陣、第四陣が左右に展開し、僧兵軍を包囲しようと運動を開始し始めた。
『これはまずい……』
素人目にも明らかにまずい展開であった。バドリオは焦れ始めた。
『ドライゼンは何をしている。早く皇帝軍に鉄槌をくだせ!』
巨大な竜巻が発生し、皇帝軍を飲み込んでいく光景を今か今かとバドリオは待っていた。あるいは火柱が発生して皇帝諸共軍勢を灰にしてもいい。兎も角、あの皇帝軍がこの世から消滅してくれればいいのだ。
しかし、バドリオは知る由もなかった。この時すでに、バドリオが当てにしていたドライゼンは、エルマとエシリアによってこの世にいなかったのだ。
やがて皇帝軍は包囲を完成し、総攻撃に移った。立っている僧兵は瞬く間に減っていき、やがて誰もいなくなってしまった。
「こんな馬鹿な話があるか!」
バドリオは思わず叫んでしまった。本当に馬鹿な話である。ドライゼンの言葉によって始まってしまった火遊びがドライゼンの裏切りによって幕を閉じようとしているのだ。
「教王様。ひとまず後退いたしましょう。エメランスに籠もれば、まだ勝機も……」
僧兵総長が袖を引いて宥めた。すでに味方を壊滅させた皇帝軍はひたひたとこちらにも迫っている。怒りが収まらぬバドリオであったが、ここは尻尾を巻いて逃げるしかなかった。
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