寒波去らず④

 皇帝ジギアスに合流したアルベルト軍は、皇帝より多大な兵糧を補給してもらった。


 しかし、実はアルベルト軍の兵糧は潤沢で、補給を必要とするほどではなかった。皇帝が抱える兵糧の数を減らすのが真の目的であった。


 これは皇帝側の戦意を喪失させ、極力戦闘を避けようという作戦の一環であった。この作戦を示したのはアルベルト軍に帯同しているサラサであった。


 「とんでもないお嬢さんだよ。あんな作戦、俺にはてんで思い浮かばなかった」


 皇帝の陣営から戻ってきたアルベルトは、サラサに結果を報告した。まんまとひっかかりやがった、と悪戯を成功させた悪童のようにアルベルトは喜んでいた。


 「ああいう手合いは、精神的な主義主張よりも実利の損得勘定に訴えるしかない。割が悪いと悟れば、和平にも応じるだろう」


 極力戦いを回避し、事を収める。それこそがアルスマーンがスーランを通じてアルベルトに託したことであった。サラサとしても、それが最良の手段だと思い、味方を兵糧攻めにするという作戦を思いついたのだ。


 「ジロン。こいつは凄い拾い物をしたな」


 アルベルトは、サラサの横で馬を進めているジロンに言った。ちなみにジロンの背後には馬に乗れないシードがしがみついていた。


 「拾い物とは失礼だな。私は物か」


 「左様ですぞ。サラサ様が私を拾われたのです」


 「ははは!これはいい。そこの少年もいい面構えをしているし、愉快な連中ばかりじゃないか」


 サラサは、ある程度までは自分達のこれまでの経緯をアルベルトに話していた。ただ、シードが天使であるかもしれないことは話していないし、エルマとエシリアも単なる人間であるとしていた。そして、いずれサラサが皇帝と対決するやもしれないことも隠していた。


 「ひと段落着けば、俺の領地に来るがいい。存分にもてなそう」


 本当にアルベルトはサラサ達のことが気に入ったらしかった。こうして行軍中でももてなしを受け、移動には馬まで用意してくれた。その気持ちはありがたいが、やはりアドリアン・シュベールの息子だと思うと、感情は複雑であった。


 「お気持ちはありがたく受け取っておきます」


 サラサは、そう言うので精一杯であった。




 教会側が千名あまりの僧兵をエメランスから出撃させたらしい、という報告がサラサ達の耳に達したのは、エメランスを脱出して三日目のことであった。ちょうと夜営をしていて、アルベルトと夕食を共にしているところに、ジギアスからの伝令が駆け込んできたのである。


 「千名ばかりで……。馬鹿にもほどがあるな」


 伝令が帰ったのを確認すると、アルベルトは酒瓶に口をつけた。流石に皇帝直属の兵の前では遠慮していたらしい。


 「すでに皇帝の軍勢は一万に達しようとしている。それに対してたった千人で挑むとは……。いくら俺たちが有効な手を打っても、教会が馬鹿な態度でこられては意味がない。一度痛い目を見るべきだ」


 アルベルトの愚痴めいた意見も尤もであった。サラサとしても、アルスマーンの意思はふいになってしまうが、こればかりはどうしようもないことであった。


 おそらくは教会側に戦闘指揮の経験者がいないのだろう。アルベルトの軍中にいることで、ダルトメストでの一戦についての詳細を知りえたサラサは、お粗末な教会側の対応に呆れるばかりであった。


 「寡兵をもって大軍を敗れるのは極めて稀な例だ。しかも、戦闘経験豊富な皇帝軍と未熟な僧兵では話になるまい」


 それなのにどうして出撃してきたのか。サラサには不思議でならなかった。


 「その稀なる例を現実のものとしたお嬢さんとしては、教会が勝つにはどうしたらいいと思いますかな?」


 アルベルトがからかうように言った。バスクチでの一件についてもサラサは黙っているつもりだったのだが、早々にジロンが口を滑らせていた。


 「あれはたまたまうまくできただけだ」


 「そうかな?俺として実に兵理にかなった見事な作戦だと思うがな」


 アルベルトは試すようにサラサを見ていた。サラサは不機嫌そうに口を開いた。


 「教会が勝つには険峻なエメランス周辺の地形を活かすべきだ。それで長期に渡って篭城し、全国の熱心な信徒の同情を買う。そうすれば直接的間接的に教会を支援する者達が現れてくる。そこに活路を見出すしかない。野戦なんてもっての外だ」


 アルベルトは何度もうんうんと頷いていた。我が意を得たり、と言ったところであろうか。


 「教会側に秘策があると思うかい?」


 「私もそれを不思議に思っている。兵理に疎くても、これだけの大差なら負けるのは子供でも分かる。それにも関わらず打って出たとなると、我々が驚くような秘策があるのか、それとも自暴自棄になっているだけか……」


 「俺としては後者だと思うがな。まぁ、これで俺の軍隊が戦うことはなくなったな。精々、皇帝が戦う姿を高みの見物といこうじゃないか」


 「そうだな……」


 サラサも戦うの行く末自体には楽観していた。問題があるとすればその後であると思っていた。敗北した教王がそれこそ自暴自棄になり、エメランスの市民を巻き込んで徹底抗戦する可能性もあるのだ。


 『後は教会の理性に期待するだけだな』


 教王を廃し、教会の中枢を正常化する人物が現われることを願うばかりであった。

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