寒波去らず②

 総本山エメランスを脱出したレン達は、当て所なく彷徨い逃げていた。先に脱出したサラサ達とは異なり、近隣領主に既知などいないので、腰を落ち着けることができずにいた。


 「どうするんだよ?とっととシード達と合流しないといけねえだろ?」


 エルマは苛々としていた。すでにエメランスを脱出して二日。街から街へと渡り歩いてきたが、シード達の情報はまるで得られなかった。


 「もっと大きな街に行って情報を集めましょう。ガレッドさん、この辺りで一番大きな街は?」


 エシリアは肩を落としているガレッドに尋ねた。


 「申し訳ござらんが、某もこの近辺は不案内で……」


 ガレッドは明らかに元気がなかった。恩師であるアルスマーンを目の前で殺されたのだから無理もなかった。それはレンも同様であった。


 しかし、不思議とレンはガレッドほど落ち込むことはなかった。アルスマーンの死は悲しいし、涙も流した。だが、それらの感情はどうやらエメランスに置いてきたような感じがしていた。今は寧ろ、静かな怒りのようなものがレンを支配していた。


 「レンさんは、どこかご存知ですか?」


 「皆さん、やはりエメランスに戻りましょう。このままではやはり駄目です」


 エシリアの問い掛けには答えず、レンははっきりと言った。


 「今のエメランスは教王派が支配しています。総司祭長の傍にいたレンさんがエメランスに戻るのは非常に危険です」


 「危険なのは承知です。ですが、今ここで事を起こさなければ、亡くなったミサリオ様が浮かばれません」


 一同は驚きの面持ちでレンを見ていた。当然であろう。ここまで積極的なことを言うとは、レン自身が一番驚いているのだから。


 実際には一言一言発する度にレンの足は震えていた。エメランスに戻ったところでレンにどれほどのことが出きるか不明である。あるいは生死に関わるような事態になるかもしれなかった。だが、今この時こそが、神託の巫女であるレレンと決別し、レンという少女として再出発できる最後の機会であるように思えていた。アルスマーンの言った一歩踏み出す時なのだ。


 「やはりレンの言うとおりでござろう。某もミサリオ様に受けた恩をまだ返していないでござる。せめてその志を受け継ぐことで微かな一片であっても恩に報いとうござる」


 ガレッドもしばし考えた後、そう言った。もう肩を落としておらず、いつもの精悍なガレッドの表情になっていた。


 「ふん。そういうことなら話は早い。とっとと戻って悪い奴らをぶちのめしてやろうじゃないか!」


 エルマが嬉しそう腕を回した。その姿を見て仕方なさそうにエシリアがため息をついた。


 「仕方ありませんね。そうするしか方法はなさそうですが、戻ってどうします?」


 「だから言っただろう!教王とかなんとか胸糞悪い奴らを片っ端からとっちめて、レンを一番偉いやつにすればいいんだ」


 「エ、エルマさん!」


 レンは飛び上がらんばかりに驚愕した。確かに何事かしなければならないとは思っていたが、エルマの発言はあまりにも極端である。


 「何だ?違うのか?」


 「違うも何も……。そんな大それた事は考えていません」


 「はん。そうなれば、教会も私のものになったんだかな」


 「くだらないことを考えるのはやめなさい、エルマさん。ただでさえ乏しい脳みそがますます小さくなっていきますよ」


 どういう意味だ、と凄むエルマを無視してエシリアは続けた。


 「しかし、教王一派を退けたとして、誰かが教会を担う存在になる必要があります。レンさん、貴女はその候補になるかもしれないのですよ。その覚悟はありますか?」


 「それが私に与えられた役割と言うのなら」


 レンはもはや躊躇うことをやめた。サラサのように自分の与えられた役割に対して覚悟を決めたのだ。


 「いい目しているじゃねえか。さぁ、総本山エメランス大暴れの巻だ」


 「大暴れは駄目です。あそこにはドライゼンとという天使もいます。まだ貴女の存在は……」


 エシリアが急に途中で言葉を切り、エメランスの方向をぱっと見た。エルマも真面目な顔になって同じ方を見つめていた。


 「どうしたのでござるか?」


 「気づいていますね、エルマさん」


 「ああ。高い魔力を持った何かが移動しているな。お前さんが言っていたエメランスの天使じゃないのか?」


 「考えたくありませんが、そのようですね」


 エシリアが目を閉じた。どうやら意識を集中し、魔力を高めているようだ。


 「ふふ。面白いことになりそうだな。おい、ちょっと隠れていようぜ」


 ニタニタと笑うエルマに背中を押され、レンとガレッドは近くにあった岩陰に隠れた。

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