寒波去らず

寒波去らず①

 アルスマーンを亡き者にしたバドリオは、ひとまずその事実を取り繕うのに奔走した。


 『総司祭長は皇帝と通じていた。この戦乱を通じて教王様を亡き者にして自分が教王になろうとしていた。よって征伐したのだ』


 バドリオは、腹心であるオブライトの口を通じてそう宣伝した。苦しい弁明であるが、その背後に僧兵達がいるとなると意を唱える司祭は誰もいなかった。


 バドリオはもはや一線を越えてしまった。もう後戻りすることはできなかった。皇帝と一戦し、勝つ以外にしか活路を開く道はなかった。


 だが、現実問題として皇帝の軍隊に勝てるかどうかという難題があった。寄せられる情報によれば、皇帝の軍隊は近隣の領主の軍勢を吸収して大きくなっているという。数だけでは勝つ術はなかった。だからといって寡兵で大軍を破るというほどの才能と気骨を持った指揮官など、僧兵の中にいるはずもなかった。


 起死回生の一手がいる。バドリオがそのことに頭を悩ましていると、ドライゼンから声がかかった。バドリオは俄かに緊張した。


 この一連の騒動についてドライゼンはこれまで沈黙を保ってきた。沈黙こそがバドリオの暗黙の了解であると理解していたバドリオは、嫌な予感をしつつドライゼンと対面した。が、ドライゼンから出てきた一言はあまりにも意外なものであった。


 「何と仰いました……?」


 あまりにも信じられぬ言葉だったのでバドリオは聞き返してしまった。


 「力を貸すと申しておるのだ。随分と苦しんでおるようだからな」


 ドライゼンは平然と言うが、明らかに天界による人間界への実力を伴う介入である。それは千年余り続いた天界と人間界の禁忌を破ることになるのだ。そのことを理解できないドライゼンではないはずだ。


 「勿論秘密裏にだ。そうだな、五人もいれば皇帝の軍に痛手を負わすには充分だろう」


 「それはドライゼン様の独断でございますか?」


 「うむ。正直なことで言えば、今回の件で私は非常にまずい立場にある。皇帝のコーラルヘブン占拠に続いて、人間どもの混乱振りは天界で大問題となり、私と私の上役はその責任を負わされている。だから、私直々に出て収束させる」


 「しかし、天使様が直接手を下せば、それが魔力によるものだと分かってしまうのではないでしょうか?」


 「そこは上手くやる。お前の方は僧兵を出撃させれ、皇帝軍を迎え撃てばいい」


 どう上手くやるのだろうか。ドライゼンはそれ以上語ってくれそうになかった。少々不安であるが、窮地にあるバドリオとしては選択肢はなかった。


 「私はドライゼン様と心中するつもりでおります」


 「殊勝な心がけだ」


 バドリオが今できることは、この天使を信じることしかなかった。

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