風雲児⑦
ダルトメストを半日にして陥落させたジギアスは、すぐさま総本山エメランスに攻め上ろうと考えていた。しかし、その考えはすぐに頓挫してしまった。ジギアスの勅命に従い、近隣の領主がはせ参じてきたので、ジギアスは動くに動けなくなってしまったのだ。
「迅速が売りの俺としたことが、情けないことだ」
と言いながらもジギアスは嬉しそうであった。多くの領主が教会側につかず、皇帝の勅命に従って参陣してきたのだから、当然であった。
「よろしいではありませんか。陛下の権威を広く天下に示すことができるのですから」
バーンズは柄にないおべっかを言いながらも、内心はほっとしていた。多くの領主が皇帝を支持したことで、教会は戦意を失うであろう。そうなれば教会が和解、もしくは全面的な降伏を申し出てくる可能性がある。バーンズはそれに期待したかった。
「だが、悠長に待ってもいられない。明日には出立するぞ。遅れてきた奴らは行軍中に合流すればいい」
「はっ」
大軍となったから行軍も以前よりは遅くなるだろう。バーンズとしては後は教会の出方を待つだけであった。
ダルトメストを出て二日。次々と合流してくる軍勢は後を絶たず、全軍で七千名あまりの大所帯となってきた。ジギアスは表向き微笑をもってこれらを迎えてきたが、目の前にいるのがバーンズだけになると露骨に舌打ちをした。
「これでは行軍がもっと遅くなる」
あからさまにジギアスは苛々としていた。現在も隊列を整えるために行軍を停止している。椅子に腰掛けながら、忙しなく足を踏み鳴らしていた。
「それだけではありません。兵糧も心配になってきました」
兵站部隊からの報告によれば、当初の計画の二倍の速さで兵糧を消費しているという。これは行軍が遅れている以上、当然の結果ではあった。
「至急帝都に伝令を走らせて兵糧を手配させろ。皇帝が指揮する軍隊が飢え死んだとなれば洒落にならん」
「早速に」
「それよりも教会の動きはどうなんだ?」
「先行させている斥候によると動きはないようです」
「また篭城か。そうなったらますます兵糧が苦しくなるな」
野戦を好むジギアスとしては篭城戦は性に合わなかった。苦りきった様子で顔をゆがめた。
「ここまでの大軍になりましたので、部隊を二つに分けるのも手です。そうなると行軍速度も速くなって、兵糧の負担も少なくなりますが……」
「そうだな……」
ジギアスが思案をしていると、伝令の兵士がやって来た。
「申し上げます。こちらに接近してくる軍勢がおります」
「教会ではないな?」
バーンズが問い質した。
「はい。シュベール家の軍旗が見えました」
「来たか。来ずに討伐されていればいいものの」
ジギアスが忌々しげに呻いた。
「陛下……」
「分かっている。出迎えんわけにいかんだろう」
ジギアスは面倒くさそうに腰を上げ天幕を出た。森林の木々の隙間から軍勢が見えてきた。軍旗は確かにシュベール家のものであった。
「ほう……」
騎兵から歩兵に至るまで私語などせず、きびきびと行軍している。見た感じだけでよく調練された精強な部隊だと分かった。
さらに特徴的なのは全ての兵が赤色の鎧を身に着けていることであった。戦場で目立つ色は敵に標的にされる可能性がある。シュベール家の軍勢はあえて目立つことで自分達の武威を天下に示しているのであった。
『嫌な奴だ』
天下に武威を示そうという点ではジギアスも負けてはいない。しかし、ジギアスは一個の戦闘に華麗に完勝するという点に美学を感じており、単に目立つというのは短絡的で野蛮に思っていた。
「これはこれは皇帝陛下。わざわざのお出迎え、痛み入ります」
隊列の中ほどにアルベルト・シュベールがいた。隊列の中から抜け出し、下馬をして近づいてきた。鎧を着けておらず、赤い平服であった。そういうなめた所もジギアスには不愉快であった。
「これはシュベール公爵。貴殿が駆けつけてくれれば心強い」
ジギアスは不愉快さなど臆面にも出さず、アルベルトを歓迎した。だが、心強いのは確かであった。シュベール軍の強さは、敵として神託戦争で嫌と言うほど思い知らされていた。
「いやいや。すでに大軍でございますから、我々の軍など陣容の端をお借りするだけです」
「ふむ。期待しておるぞ」
「しかし、我らは兵糧が心許ないのです。少々お分けいただければ……」
ジギアスは顔をしかめた。兵糧が心許ないのはジギアスも同じであった。しかし、皇帝の勅命として参集した軍に兵糧を分け与えないわけにはいかなかった。ここで拒めば皇帝としての名を汚すことになってしまう。ましてや相手はアルベルト・シュベールである。ジギアスとしては弱みを見せたくなかった。
「……よかろう。すぐに準備させよう」
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