陰謀の発火⑤
ダルファシル領で騒動が起こっている頃、エルマ一行は総本山エメランスに到着していた。教会の総本山だからサイラス教会領以上にごてごてとした大きな宗教都市を想像していたのだが、どうにも違っていた。
山間部の渓谷を切り拓いて作られており、両側には雪積った岩壁が高く聳え立っていた。都市の規模としてはそれほど大きくなく、他の教会領と異なるのはいずれの建物も教会特有の白壁ばかりであった。
「雪で真っ白。壁も真っ白。つまらねえな」
街の雰囲気も辛気臭かった。そもそも雪が降っているためか人影は少なく、見かける人々も法衣のフードを目深に被り、俯き加減に歩いていた。エルマとしては法衣を見ているだけで、マランセル公爵領での一件を思い出し嫌な気分になった。
「流石に総本山は敬虔な信徒が多いということですね。感動します」
エルマと対照的に感心仕切りなのはエシリアであった。勝手に感動していろ、とエルマは内心毒づいた。
「ガレッドさん。私は教王庁に行ってドライゼン様に会ってきます。宿が決まりましたら使いでも寄越してくださいな」
「承知でござる」
「エルマさん。私がいないからって変な気を起こさないでくださいね」
「しねえよ」
シード君がくれぐれも気をつけてください、と言い残し、エシリアは一人エルマ達から離れていった。エルマは二度と戻ってくるなと何度も念じた。
「ところでガレッド。総本山につてがあるって言っていたけど、誰なんだよ」
と訊いたのはサラサであった。
「総司祭長アルスマーン・ミサリオ様でござる」
「へえ。大物じゃないか」
サラサが声を上げた。
「何だ?有名人なのか?」
「総司祭長は教王に告ぐ地位にあるお方です。温和で人徳のある方と言われておりますな」
エルマの疑問にジロンが答えた。
「ふ~ん。そんな偉い奴とおっさんはどうして知り合いなんだ?」
「故郷で自衛団をやめた某に僧兵の職を与えてくださったのがアルスマーン様でござる。尤も当時は管区長でござったが……」
「でも、昔の話だろう?おっさんのことを覚えているのか?」
「それが某も心配なところなのでござるが……。優しいお方故、某のように世話を焼いた人間も多いでござろうし……」
「頼りないつてだな。私は嫌だぜ、こんなところで野宿だなんて」
「大丈夫でござるよ……。そういえば、総司祭長はどちらにおられるのだろうか……」
「おい!それすらも知らないのかよ!」
エルマは呆れてしまった。そんなか細いつてを頼りにしてこんな雪冬山奥まで来ただなんて、もはや呆れて脱力するしかなかった。
「仕方ないな。エシリア様の後を追うか?エシリア様が口利きしてくれれば場所を教えてくれるんじゃないのか?」
同じく呆れているサラサが提案した。あの淫乱天使の力を借りるのは癪であるが、エルマもそれしか方法があるまいと思った。
「総司祭長様は普段大聖堂で執務をされています。そちらにいるかと思われます」
わずかに聞き取れるぐらいの小さな声でレンが言った。ガレッドが喜色を浮かべた。
「おおっ。レンは総本山のご出身でござったか。それなら百人力でござるな」
レンは元気なさそうに頷いた。早速大聖堂に移動したそう、とガレッドひとり張り切っていた。
「レンさん、大丈夫ですか?元気なさそうですけど……」
シードがレンの目の高さまでしゃがんで彼女の顔を覗きこんだ。
「大丈夫です。私も自分に向き合わなければならないのですから」
レンの語気に力はなかったが、その足取りはしっかりとしていた。
大聖堂まで辿り着いたエルマ達は、ここでも足止めを喰らうことになった。ガレッドが意気揚々と大聖堂に入ろうとしたのだが、警備している僧兵に止められたのである。
「な、何故止められるのござるか」
「大聖堂は立ち入り禁止だ。早々に立ち去られよ」
警備している僧兵は無表情に言い放った。
「大聖堂は信者に平等に開かれているはずでござろう。それなのに入れないとはどのような了見でござるか?」
「兎も角も立ち入り禁止でござる。立ち去られよ」
「ならば総司祭長であるミサリオ様にお取次ぎいただきたい。ガレッド・マーカイズが尋ねて参ったと言えばお分かりいただけるはずでござる」
「そのようなことを申されても入れるわけにはいかぬ」
僧兵はがんとして聞き入れなかった。
「おい、おっさん。もうこうなったら実力行使しようぜ」
ガレッドと僧兵のやり取りを聞いていたエルマは苛々していた。堂々巡りを問答をしている暇があったら、実力行使で突破した方が早い。
「待ってください、エルマさん」
レンが小さな手をあげてエルマを制した。そしてガレッドの前に出ると、自分よりも背の高い僧兵を臆することなく見上げた。
「総司祭長にお取次ぎしてください。レレン・セントレスが戻ってきたとお伝えください」
レンに威圧されたのか、僧兵は型どおりの言葉を返せず、驚きの表情を浮かべていた。それはガレッド、サラサ、ジロンも同様であった。何故驚いているのか分からないのはエルマとシードだけであった。
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