陰謀の発火④

 ホルスに続き皇帝ジギアスが退出すると、バーンズとレスナンと二人その場に残される形になった。ジギアスが去ったのだからバーンズも早々に退出してもよかったのだが、どうにも体が重かった。


 「いかがされた?大将軍。お疲れの様子だが」


 国務卿レスナンが同情するような、それでいて何かを探るような視線をバーンズに向けてきた。


 「そう見えますかな?」


 「見えますな。我ら文官よりご心労が多いことでありましょう。特に皇帝陛下があのご気性であれば」


 そういえばレスナンとこうして二人きりで面と向って話をするのは初めてかもしれなかった。いつも皇帝ジギアスに忠実な文官かと思っていたが、意外にも彼の口から出た語気にはやや非難めいたものを感じた。


 「そういう国務卿もお疲れでありましょう。陛下の望まれるとおりの戦費を調達するのも大変でありましょう」


 「武官のあなたにそう仰っていただけるのはありがたい限りですな。陛下にもその苦労が分かっていただければいいのだが、生まれもって貴人とは余人の苦労を知らぬものですから」


 言い終わってレスナンは短くため息をついた。この文官も相当苦労しているのだろう。


 『皇帝陛下も文武両道であればよいのだが……いや、せめて余人の気分が分かる人であれば』


 皇帝陛下は武に偏りすぎている。そのことについては、バーンズだけではなく帝国民なら誰しもが思っていることだろう。


 皇帝の戦争の上手さはバーンズも認めるところであった。皇帝の指揮に従って戦に出れば、バーンズも大将軍という立場を忘れ興奮することもあった。


 しかし、ジギアスの戦術というのは自軍の損害を度外視した突撃が主であった。というよりもそれしかなかった。勝利するが、その分自軍の損害も大きいというものであった。その点についてはバーンズはジギアスに反感を持っていた。


 『陛下は兵士達の命を軽んじている。陛下はそれでいいかもしれないが、すり潰される兵士達からしてみればたまったものではない……』


 一兵卒から大将軍にまで登りつめたバーンズには下級兵卒の気分がよく分かっていた。思い返せば神託戦争の時、北方のカランズガル平原でアドリアン・シュベールの軍と大会戦を演じたことがあった。ほぼ同数の大軍同士の激突で、勝敗がなかなか決しなかった。業を煮やしたジギアスは、夜間に全軍を持って突撃を命じ、かろうじて敵を敗走させることができた。しかし、戦後に行われた調査の結果では、皇帝軍の方が損害が遥かに大きく、部隊によっては同士討ちが発生していたという。この報告を受けたジギアスは、


 『そうか。勝ったからいいじゃないか。損害が大きくて負けたら目も当てられんではないか』


 と平然と言った。人づてにそのことを聞いたバーンズは青ざめながらも、怒りを感じてもいた。


 『陛下は兵の命をすり鉢ですり潰すことしか知らぬのだ』


 あの時の怒りの衝動は今も忘れていない。決して盲目的に皇帝陛下に従属できない反感が、あの時から燻っていた。


 「しかし、今回の件は助かりました。あのまま出陣となっていたら、大変なことになっておりました」


 レスナンがうまく皇帝を説得しなければ、本当にジギアスはダルファシルで大虐殺を行っていたかもしれない。帝国軍の名誉を考えればそれだけは避けなければならなかった。


 「陛下は教会のことになると見境がなくなりますからな。そういう意味ではマトワイト殿が一番心労が深いかもしれませんな」


 レスナンの視線が空席となっているホルスの指定席に向けられた。確かにそのとおりかもしれない。


 今頃ホルスは総本山に向うために旅装を調えていることだろう。つい先頃総本山から帰ってきたばかりなのにご苦労なことである。


 「だが、私個人としては教会は好かぬ。特に今の教王は事あるごとに我らの政治に口を差し挟んでくる」


 「確かに……」


 レスナンのいうとおり、ここ最近の教会の態度は目に余るものがある。しかし、その根本には皇帝ジギアスの無慈悲な政治があるのではないかとバーンズなどは思うのであった。


 「なればこそ私は陛下にこの事態を教会に鎮めさせるように検索したのです。どう転んでも今回のことで教会は内部に火種を抱えることになります。しばらくは我らの政治に口を挟んでくることはなくなるでしょう」


 「そうなるといいですな……」


 レスナンの考えていることは軽度の陰謀と言ってもいいだろう。だが、バーンズからしてみれば、やや迂遠な陰謀のように思われた。


 『国務卿は才子と思うが、その才を鼻にかけているところがある……』


 その意味ではレスナンとジギアスはよく似ている。この二人が今回の騒動で波長を合わせて同じ方向に進めばまずいことになるのではないか。バーンズはまだこの時は漠然とした不安しか感じていなかった。

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