帝都にて⑥
新年の式典を終え皇宮に戻ったジギアスは、そのまま西宮に赴き、新年最初の御前会議に臨席した。
最初に国務卿レスナン・バルトボーンから新年の挨拶を受けたジギアスは、形通りの答礼をし、起立している延臣達を見渡した。
『どいつこいつも爺ばかりだ……』
口からは延臣達の日頃の働きに感謝する旨の言葉を吐きながらも、心の内では爺ばかり延臣達に苛立ちを覚えていた。
ここに居並ぶのは各行政、軍事の最高責任者ばかりであり、そのほとんどが先代皇帝からその地位にいるものばかりであった。武力によって無理やり帝位を得たジギアスにとって、重臣達の支持は不可欠であり、ジギアスはその支持を得る代わりに彼らの地位の保全を約束していた。
権力者の特権のひとつといっていい人事権を封じられてしまったジギアスは、自らが約束したことといえ、このことが非常に腹立たしかった。できればここに居並ぶ爺どもを一掃し、自分の気に入った奴らを閣僚につけてやりたかった。だが、今それを実施できるほどジギアスの政治基盤はまだまだ安定していなかった。
『いずれはそうしてやる』
ジギアスは、ふとひとつの空席に目をとめた。そこには帝国三大閣僚のひとついわれている教会伝奏方長官であるホルス・マトワイトの席であった。現在、皇帝の名代として教会の総本山エメランスに向かっていた。
ジギアスは、あの子鼠みたいな男が嫌いであった。常におどおどとしていて、権力に阿ることが政治であると思っているような男である。尚且つ、自分の味方なのかそれとも教会の味方なのかはっきりとしない態度は、明快さを好むジギアスとしては一番許せぬこともであった。
己の我儘のせいでエメランスまで出向いているにも関わらず、あの男にはひとつとして感謝の念が浮かばず、むしろいない方が清々するほどであった。いずれ首を挿げ替えたいと思っている役職のひとつであった。
心にもないことを述べ終えたジギアスが着座すると、延臣達も一斉に着座した。改めて国務卿が立ち上がり、前月度の国庫の収支について報告した。
レスナンの報告は前回の御前会議と同じようなものであった。戦費の拡大で苦しい状況にあるが健全ではないとは言えない、というどっちつかずのものであった。
己が賢帝であるという自尊心があるジギアスは、戦費と国庫の割合についてもいつも心を砕いていた。国庫を圧迫するほど戦費を拡大させるわけにはいかないとは思っている。しかし、領主間の小競り合いや領内の内紛は後を絶たず、これを放置しておくわけにはいかなかったのだ。
「国務卿。それで卿は何が言いたい?国庫を圧迫するから俺に戦争をやめろと言うのか」
ジギアスはからかい半分に言った。確か前回の御前会議でも似たようなことを言った記憶があった。
「そうは申しておりません。帝国国内の治安を回復するのは当然の義務でございますが、方法をお考えください」
かねてよりレスナンは、それらの紛争を武力ではなく対話によって解決せよ、と小言のように言ってきた。
「そうは言うが国務卿。彼ら自身が武力を用いている以上、武力をもって征するしかないではないか」
「すべてがすべてというわけではありません。武力によっての解決が有効な場合もあるでしょう。しかし、対話によって解決する状況もあるかと思います。ましてや陛下の御威光があれば、会談の席につかすことも容易でございましょう」
ジギアスはこのレスナンも好きではなかった。ホルス同様に権力に阿りながらも、適度に批判めいた言葉と皇帝として称賛する言葉を織り交ぜながら、時として若い皇帝には政治は分からぬと言わんばかりの態度を取ってくる。ジギアスからすれば腹の内が分からぬ狐狸のような存在であった。
「俺の威光か。まぁ、着座して喧嘩をしたいというのであればそれもよかろう。だが、話し合いで解決できるような連中ばかりなら、喧嘩なんて始めるものか」
「左様でございますが……」
「国務卿が国庫の心配をするから、俺はエストヘブンとコーラルヘブンを直轄地にしたではないか?こういう離れ業は話し合いではなし得ぬことだ」
ジギアスは、この処置については自信を持っていた。コーラルヘブンとエストヘブンは帝国のほぼ中央に位置するため交通量が多い。ジギアスはそこに新たな関所を作り、通行税を徴収していた。おかげで国庫への収入が飛躍的に伸びたのであった。
「しかし、そのせいで教会から批判があがっております」
と言ったのは司法卿であった。その点についてはジギアスも承知している。特にコーラルヘブンは教会にとって大切な地らしく、耳にタコができるほどの苦情を送り届けてきていた。しかし、ジギアスは完全に無視していた。
「司法卿。それは卿の管轄外であろう。この件についてはマトワイトに任せておればいい」
ははっ、と縮こまる司法卿。そのホルスがいない以上、この話はここで打ち切りである。ジギアスはホルスがいないことを改めて嬉しく思った。
「しかし、陛下。教会との御関係はもっと考えた方がよろしいかと」
と口を挟んできたのは、大将軍バーンズ・ドワイトであった。軍事における最高位の人物である。
ジギアスは意外に思った。軍事が政治に介入すべきではないということを一徹に守っているバーンズが政治的な話をすることはこれまで一切なかったのだ。そのバーンズが発言するのだから余程のことである。
「どういうことだ?大将軍」
ジギアスは人物の好悪という点ではバーンズのことは嫌いではなかった。そういう意味でもジギアスは傾聴に値すると思った。
「兵の中には教会を深く信仰している者も多くおります。勿論、陛下への忠誠心は揺るぎないものですが、陛下と教会の不和に心痛めている者も多くおります。その点についてはご深慮のほどを切に願う次第です」
「ふむ……留意しておこう」
バーンズの言葉であっても素直に従うつもりはなかった。
一日の政務を終えたジギアスは、カヌレアの居室に向かった。出迎えの言葉を述べる彼女の口を塞ぐようにして唇を吸い、体を貪った。カヌレアはその喜びを全身で表し、ジギアスが動くたびに嬌声をあげた。三度ほどカヌレアの中で果てたジギアスは、それで満足した。
「今日の陛下は随分と激しゅうございました」
カヌレアも女として満足したのだろう。ぞくりとするほど妖艶な笑みを浮かべていた。
「ほう。普段の俺では物足りないと?」
「嫌な言い方ですわ。そんなこと微塵とも思ったことありませんのに」
「ふふん。褒められたと思っておこう」
カヌレアは性欲を満たすだけではなく、会話を楽しむことにおいてもジギアスを満足させていた。この女であれば、何事も気にせず様々なことを話すことができた。自然と今日の御前会議でのことが話題に出た。
「まぁ、教会のことでございますか?」
「そうだ。大将軍の奴、教会との関係を改善しろと言ってきた」
理屈の上では分かる。帝国における信仰を教会が担っている以上、これと仲を良くしておくことは決して悪いことではない。しかし、ジギアスとしては教会というよりも教王パドリオ・シュルーヘムと仲良くすることがとてもできることではなかった。相手が頭を下げてきても、その頭を踏みつけてしまうであろう。
「まぁ、何という言葉。陛下と教会の不和は、元を正せば教会に責任があるはず。それにも関わらず、陛下に関係改善を進言するとは」
カヌレアは我事のように怒りを顕にした。
「そうだ。俺よりも教王がその職を辞することで俺に謝するべきなのだ」
「今年は教王選挙のはず。ひょっとすれば現教王が負けるやもしれません」
「その可能性はないでもないが、俺としては俺の力で奴を権力の座から引きずり降ろしてやりたい」
そして許しを請うバドリオに対し罵声を浴びせ、身一つで寒空に掘り出すか、地下牢で汚物まみれにしてやりたかった。
「陛下、よろしいではありませんか。実力をもって教王を退ければ」
「どういうことだ?」
「陛下にはその配下に多くの軍隊がおわします。それをもって教会を支配してしまえばよろしいではありませんか」
「な、何を……」
カヌレアは恐ろしいことを口にしていた。歴代皇帝に中で、どんな悪逆な皇帝であっても、教会に対して直接的に武力を用いたことはなかった。それにいくら不和であるからといって、武力をもって教会に挑むというのは子供じみていると流石に思った。
「そもそも大義名分が立たん」
「大義はあります。ひとつは妙な神託をもって神託戦争を起こした罪。もうひとつは陛下の今回の処分について横槍を入れてきた罪です」
領地の分配は皇帝の権限の範囲内である。それに対して教会が横槍を入れてきたのは、確かに罪といえるかもしれない。
「これだけでも武力をもって教会を征伐する理由となりましょう。しかし、探せばもっとあるかもしれません。教王の悪行が」
ジギアスは血液が沸騰するかのような興奮を覚えるようになっていた。カヌレアの発言はいちいち尤もであると思えた。
「それに口実というものはいくらでも作れるものです」
ジギアスは目を見張った。カヌレアはこれまでにない妖艶さで笑っていた。
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