総本山エメランス

総本山エメランス①

 新年を迎えたという。


 人間界はそれでお祭り騒ぎのようだが、天界では無縁のことであった。天界の天使達は粛々と自らの任務を遂行していく。スロルゼンは、それを横目にしながら、イピュラスの地下へと向う。五層になっているイピュラスの地下階層は、下へ行けば行くほど天使の数は少なくなり、出入りできる天使も限られていた。特に最下層となる第五層は、執政官の長たるスロルゼンしか立ち入ることができなかった。第四層から階段で第五層へと下りると、大きな石造りの扉があった。その前で手を翳すと、音を立てて扉が開いた。


 中は薄暗かった。青なのか緑なのか判然としない色の光がどこからともなく差し込んできているだけであった。


 「お答えください。メトロノス様」


 スロルゼンが闇に向かって言うと、一瞬だけ差し込む光が強くなった。


 「久しいな、スロルゼン。達者のようだな」


 何処からともなく声がした。声だけながら、いつもスロルゼンを威圧させるに十分なほどに威厳に満ちていた。


 「お蔭様をもちまして」


 「何用かな?私はこうして喋っているだけで、魔力を消費するのでな」


 手短に頼もう、とメトロノスは続けた。


 「これは失礼しました。ただ、天帝様の様子が如何なものかと思いまして」


 「天帝な。変わらぬぞ。そもそも天帝が無事でなければ、ラピュラスも浮いてはいまい」


 そうであろう、とメトロノスが念を押した。


 「はっ、左様でした」


 「それよりも、供給される魔力であるが、最近減ってはおらぬか?」


 「それについてはご報告申し上げねばと思っておりました。ここ近年、人間界において争乱が相次ぎ、なかなか教化が思うようにいきませんで……」


 教化が思うようにいかないどころではなかった。天使にとって重要な土地であるコーラルヘブンを、皇帝が勝手に直轄地にしてしまったのである。現在、その問題についてスロルゼンは対策に追われているが、口には出さなかった。実体のない存在ながらメトロノスの逆鱗に触れてはスロルゼンとてただではすまなかった。


 「それは失態よな、スロルゼン。人間界を穏やかにし、教化に勤め、天帝の果実に魔力を注ぎ込む。それこそがお前達の仕事であろう」


 「申し訳ございません。早急に対処致しますれば、今しばらくご寛容のほどを」


 スロルゼンはそこに誰もいないと知りながらも頭を下げた。


 「その言葉、信用しよう」


 「ありがたき幸せ」


 「だが、長くこの状況が続くようでは困るぞ。精々励め。お前にとってもよからぬ結果になるのだから」


 「もとより承知しております」


 メトロノスの声は返ってこなかった。きっと魔力の消費を抑えるために眠りについたのだろう。


 「よからぬ結果か。そんなこと十分に承知している。天帝様あっての我々なのだからな」


 スロルゼンは、言われるまでもないと思いながら第五層を後にした。

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