永遠からの解放④

 「なるほど、そういうことだったんですか……」


 エシリアは納得した。この装置が魔力を抽出するものであり、抽出された魔力によってメイビアは若さを保っていたのだ。そして今、メイビアは体内にあった魔力を全て失い、元の老婆へと戻ったのだ。


 「あの装置、メイビアに渡したのはあなたですね、アレクセーエフ」


 エシリアはアレクセーエフへと視線を戻した。アレクセーエフは悪びれた様子もなく、笑みを浮かべていた。


 「どうして私が……と否定してみたところで、君は納得しないだろう」


 「正直に言いなさい!」


 「そうだよ。私がメイビアにくれてやった。若さと美貌を保ちたいらしいからな」


 「何故です。何故そのようなことを……」


 「そこの女はマランセル公爵が寄り付かなくなったのは、自分が老い、公爵好みの女ではなくなったからだと思っている。天使は慈悲深いからな。哀れな女の希望を叶えてやろうと……」


 「それは我ら天使の範疇でありませんね。そもそもこのような巨大な装置、あなた一人で作ったとは思えません。何を考えているのです、あなたは。いや、あなた方は……」


 エシリアは、アレクセーエフの背後にガルサノがいると睨んでいる。きっとこの装置を作り、メイビアに与えたにもガルサノ意思によるものだろう。


 「ふふ、やはり君は聡明だ。聡明だからこそ、我らが仲間に誘い込みたかったのだが、そうならないとなると、害毒以外の何ものでもないな」


 アレクセーエフが天使の翼を広げた。左右に二枚の翼。大きさもエシリアと同等程度であろう。


 「やはり何かあるのですね。力づくでも話してもらいます」


 エシリアも翼を広げた。こうなったらガルサノ一派が何を企んでいるのかを明らかにし、天界院に訴え出てやるつもりであった。


 「ガレッドさん。シード君を頼みます。レンさんは下がっていてください」


 「しょ、承知!」


 ガレッドがレンの手を引いてシードの入れられている棺の方へ向った。


 「君と戦うのは気が引けるが、やむを得んな」


 アレクセーエフが少し宙に浮きながら、加速をつけて接近してきた。手には魔力によって生成された青白い光る剣が握られていた。天使が使う一般的な武器である。


 「ふん!」


 アレクセーエフが光の剣を振るう。エシリアも光の剣を出して、アレクセーエフの一撃を受け止めた。


 『強い!』


 病的なまでにやつれている風貌からは考えられないほど、アレクセーエフの一撃は重かった。


 『でも!』


 負けるつもりはないし、負けない自信もあった。こうみえても同格の天使の中では戦闘術に優れ、一位二位を争うほどであった。


 エシリアはわざと身を引くことで、アレクセーエフの体勢を崩させ、すかさず彼の腹部に蹴りを入れた。ううっと呻くアレクセーエフに対して、今度はエシリアが切りかかった。左右交互にアレクセーエフに向って打ち込んでいく。アレクセーエフはかろうじてそれを受け止めていく。


 「たぁぁぁぁ!」


 エシリアは渾身の一撃を放った。アレクセーエフはそれも光の剣で受けた。しかし、アレクセーエフの剣は粉々に粉砕され、光の粒子となって消え去っていった。


 「ば、馬鹿な……」


 「普段の鍛錬の差です」


 エシリアはアレクセーエフの喉下に剣の切っ先を突きつけた。


 「さぁ、覚悟なさい。あなた達は何を考えているのです!」


 「言うものか。さっさとその剣で私の喉を貫けばいい」


 とアレクセーエフに言われ、エシリアは躊躇った。生まれてこの方、殺生などしたこともなかった。いや、もとよりアレクセーエフを殺すつもりなどなく、剣先を突きつければ観念するだろうと安易に考えていた。


 『それほどガルサノの支配力は強いのか……』


 ますますガルサノ達が何を考えているのか知りたくなると同時に、何かとてつもなく大きな事象が蠢いているのではないかと薄っすらとした恐怖を感じた。


 「殺せぬか。それが君の限界というべきだな」


 アレクセーエフは小さくあざ笑うと、エシリアを突き飛ばし、円錐形の装置の方に駆けていった。そして、もたれかかるように装置についているレバーを倒した。ぐうん、と重苦しい駆動音がすると、棺から管を伝って円錐形の装置へと青白い光が移動していった。


 「何をしたんです!」


 よからぬことが起こっている。そう察知したエシリアは、アレクセーエフの後を追った。円錐形の装置から発せられる光がいっそう強くなり、顔をしかめた。


 「やめろ!それは……私の魔力だぞ!」


 老婆となったメイビアがよたよたと円錐形の装置へと近づく。


 「魔力を吸い取っている?ガレッドさん、急いでシード君を!」


 「だ、駄目でござる!」


 エシリアはシードが閉じ込められている棺の方を振り向いた。ガレッドとエルマの連れである老人が棺の蓋を引き剥がそうとしていたが、びくりとも動きそうもなかった。


 「おい!淫乱天使。こいつはやばいんじゃないのか?」


 エルマが肩を並べてきた。


 「誰が淫乱ですか!しかし、まずそうですね……」


 こうしている間にもここに居並ぶ天使や若い男達から魔力やら気力やらが抜き取られていく。それらが尽きてしまうと、生命を保つことができなくなってしまう。


 「あの装置ぶっ壊してやろうぜ」


 「野蛮な提案です。それは危険すぎます」


 あれだけ魔力が集中しているものを破壊した時、何が起こるだろうか。大爆発を起こし、一体を焦土にしてしまうかもしれない。


 『そういえば、千年前の聖戦の時、そういう兵器があったといわれている。まさか、それを再現している……』


 そんなことを思い出したエシリアだったが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。


 「じゃあ、どうすんだよ!お前のお仲間が作ったんだろう!」


 「そんなことを言われても……」


 見ているしかないのか?エシリア達が行動を躊躇っている間にも、どんどん円錐形の物体の窓からは青白い光がその強さを増していく。


 「ははは……。これだけの力があれば、私はまた若く美しくなれる……」


 メイビアが装置にすがり付く。


 「待て、メイビア!どうしたんだ……どうしてこれほどの魔力が集まってくる……」


 アレクセーエフの声が緊張と恐怖で震えていた。光は益々強くなり、駆動音も大きくなっていく。


 「何だ……この無尽蔵の魔力。どこからか……」


 アレクセーエフの視線が一点に注がれた。エシリアがそれを辿っていくと、シードの入れられている棺であった。そこだけが強く光を発していて、ガレッド達もその場から離れていた。


 「シード君の魔力が……」


 天帝を上回る八枚の翼を持つシードなら、強大な魔力を秘めていてもおかしくなかった。現在、あの装置へと注がれている魔力の大多数がシードから抽出されたものなのだろう。


 「何だ……あの少年は……。とにかくこれ以上は危険だ。止めなければ」


 アレクセーエフがレバーに手をかけた。しかし、メイビアが老婆とは思えない力で、アレクセーエフの手を引き剥がした。


 「やめろ!その魔力が私がもらう!」


 「馬鹿か!このままでは、暴発するぞ」


 アレクセーエフはメイビアの手を振り払おうとする。だが、メイビアはアレクセーエフから離れようとはしなかった。


 「おいおい、いよいよこいつはやばいぞ」


 「そうですね。しかし、逃げるには……」


 時間もなければ、ガレッド達を無視することもできなかった。


 「あなたと協力するのは不愉快ですが、結界を張りましょう」


 「はん。それはこっちの台詞だ。でも、それしかないな。おい、表六玉。手伝え」


 エルマが叫ぶと、レンに抱きしめられていたマ・ジュドーがふよふよと飛んできた。


 「おうおう。天使と悪魔の共同戦線かよ。まったく、どんでもないことになったな」


 「うるせえ。サラサ、ジロン!シードのいる棺の前に移動しろ。そこで結界を張る」


 「ガレッドさんとレンさんも」


 ガレッドとレン、そしてエルマの連れであった少女と老人がシードの入れられている棺の前に集まる。エシリア達はその前に立ち塞がり、装置の方に向って魔力を防ぐ結界となる魔法陣を出現させた。


 『あれは……』


 エシリアはその魔法陣を見て、やや驚かされた。天使である自分のものと実によく似ていたのだ。


 「エルマさん、その結果は……」


 「喋ってんじゃねえ!来るぞ!」


 エシリアがはっとした瞬間であった。光が急速に拡散し、激しい振動と衝撃がエシリアを襲った。もはやアレクセーエフとメイビアの姿など見えず、声も聞こえなかった。


 真っ白に光る世界から一転、エシリアの世界は真っ暗になった。

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