永遠からの解放③
「待ちやがれ!」
この屋敷の構造がどうなっているか皆目分からないが、地下室に下りたかと思うと、狭く長い通路が続いていた。エルマは、一度も振り返ることのない女の背中を追いかけながら、疑問に思った。
この女がメイビアである、とサラサは言った。俄かに信じられないことだが、フードの下にあった顔は間違いなく絵に描かれていた若き頃のメイビアそのものであった。しかし、メイビアが生きているとするならば、もう相当の老婆はずである。これは一体どういうことであろうか。
『それに魔神具だ。あれがメイビアだとすれば、普通の人間のはずだ。魔神具を使えるはずがない』
年をまるで取っていないことと、魔神具が使えていること。決して不可分ではないだろう。
『まさか、どこぞの悪魔と契約して魔力を得やがったのか』
魔力が豊富であると、肉体的な劣化が遅くなるという。悪魔や天使が人間よりも長寿なのはそのためだといわれている。
だとすれば厄介だ。相手は悪魔もしくは天使と匹敵する力を持っていることになる。しかも、メイビアの背後に魔神具を授けた何者かがいるはずだ。最悪の場合、それも相手しなければならない。
『ちびっ子はあてにできないが、爺さんに期待するしかないか……』
エルマはちらっと振り返った。視界が悪くサラサとジロンの姿は見えなかったが、二人分の足音がしている。ちゃんと付いてきているようだ。
やがてメイビアが行き止まりの扉の向こう側に消えた。エルマはその扉を蹴破り、中に突入した。
そこは異様な世界が広がっていた。円錐形の巨大な物体。生物の触手を思わす無数の管。その管に繋がれた透明な箱。そこ箱に入れられた人間達。エルマが不気味に感じるほどであった。
それ以上にエルマを驚かせ且つ不快にさせたのは、どういうわけかエシリアがいることであった。ガレッドとレンをお供につれながら、やつれた男と対峙していた。
「はん?どうなってんだよ」
エルマはわざとエシリア達に聞こえるような声で言った。
「誰かと思えばやっぱり性悪猫。それはこっちの台詞です。何がどうなっているんですか?シード君はどうしたんです?」
エシリアは円錐形の物体の傍に佇む男から視線を逸らすことはなかった。
「そんなこと私が知るか!シードは……捕まったんだよ」
「捕まったってどういうことです?あなたが浚ったのでしょう!」
「うるせえな!」
かっとしたエルマはエシリアに詰め寄ろうとした。その時、棺のひとつに入れられているシードを発見した。安らかに眠っているようであった。
「シード!」
エルマは棺に手をかけた。しかし、蓋をびくとも動かず、開けることはできなかった。
「触るな!」
諦めずに蓋を引き剥がそうとしていると、悲鳴に近い叫びがした。姿を消していたメイビアが背後から迫ってきていた。
「邪魔すんじゃねえよ!」
エルマは振り向きざまに炎をまとった拳を繰り出した。メイビアは法衣を広げると、そこから例の巨大な手が出現した。
「何度もやられるか、クソが!」
エルマは巨大な手を飛び越え、伸びた腕の上を走りながら、メイビアに肉薄した。今度はメイビアの背後から細い手が無数に群がり出てきた。
「化け物め!」
その手達がエルマの右手左手両足に絡みついてくる。
「エルマ殿!」
ジロンが剣を抜き駆けてきた。
「爺さん!シードを方を頼む!」
はっと立ち止まったジロンは、承知と言い、剣を仕舞いシードが閉じ込められている棺へと向った。それでメイビアの気が削がれたのか、拘束する手が緩まった。
「化け物なら容赦しねえよ!」
落下の勢いのままエルマはメイビアの顔に拳をぶつけた。メイビアは顔を抑えながらふらふらと後ずさりした。
「あああああああああっ!」
殴られたほうの頬を押さえながら、メイビアは絶叫した。
「私の顔が!私の顔がぁぁぁ!美しい私の顔が!」
メイビアは狂乱していた。顔面を手で覆い跪いたかと思うと、急に立ち上がり髪を掻き毟りながら意味不明な言葉を喚き出した。
「駄目だぁぁ!傷ついた顔なんて、あの人が好むはずがない!私の美は永遠で、一片の瑕疵も許されないのに!」
よくもぉ、とメイビアが憎悪の籠もった目をエルマに向けた。
「はん!かかってこいよ!」
エルマは両手に炎を宿し、メイビアが襲ってくるのを待った。しかし、メイビアは動かなかった。まるで極寒の地に来たかのように震え出し、美しい金色の髪が急に白髪に変わった。
「なっ……」
エルマが呆気に取られ驚いていると、メイビアの全身が皺だらけになり、肉付きの良かった体も細く貧弱になった。そして脆い蝋細工の人形のように崩れ落ちた。まるで病身の老婆のように成り果てていた。
「あああ……。私の若さ……美が……」
声もしわがれていた。もはやエルマを襲う気力も魔力も残されていなかった。
「なるほど……そういうことか」
エルマは合点した。やはりこの老婆となった女はメイビアだったのだ。
「天使から魔力、男達から生命力を抜き取り、自分に注入していたのか。それで若さを保っていた、いや、若返っていたのか……」
そして、あの円錐形の物体こそが魔力を抽出する装置だったのだ。
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