永遠からの解放②
エルマの魔力を追って怪しげな廃屋に辿り着いたエシリアは、天使アレクセーエフを見かけたことにより、廃屋を無視し、アレクセーエフが降下したと思われる丘陵に急いだ。
「アレクセーエフが何をしているのか分かりませんが、あそこに何かあるのは確かでしょう。球体さん、性悪猫の魔力は感じますか?」
先導するようにぷかぷかと浮いているマ・ジュドーが廃屋を気にしながらもずんずんと先を進んでいく。
「屋敷からお嬢の魔力は感じるが、途切れ途切れだなぁ。それよりもあの丘陵の中からの方が異様な魔力を感じるよな」
マ・ジュドーはそう言うが、エシリアにはあまり魔力を感じられなかった。性悪猫の使い魔は嗅覚には優れているらしい。
「どうやらここはマランセル公爵夫人の屋敷と御陵のようでござるな」
歩きながら廃屋の中を覗いていたガレッドが思い出したかのように言った。
「御陵……。公爵の墳墓ということですか……」
マランセル公爵については、ここの来る道中、ガレッドとレンから簡潔に聞かされていた。人間のなすことなので批評を加えるつもりはないが、エシリアとは相容れないふしだらな人物のようである。
「御陵だとすると、随分と大きなものですね。そこまでの人物とは思えませんが」
「そういう時代だったのでしょう。豊かで平穏な世の中なら、大した事績を残さなくても茶目っ気があれば人から愛されるのでしょう」
「私には分かりませんね。それが人間の感覚なのでしょうか」
レンの発言にエシリアは同意できなかった。レンはやや困った顔で、そうかもしれませんね、と言った。
「それにしても、あの天使様は何者なのでござるか?エシリア様は随分と気に掛けておいでのようでござるが……」
「天界も一枚岩ではありません。正直申し上げて、何をやっているのか分からない天使というのも存在するのです」
そういうものでござるか、と言ってガレッドはそれ以上追及してこなかった。レンもマ・ジュドーを追うのに夢中になっていてこの話題には乗ってこなかった。
『アレクセーエフ。何を考えている……』
明らかにアレクセーエフがここにいるのはおかしい。そもそもアレクセーエフがマランセル公爵領の教化担当ならエシリアも知っているはずである。しかも、天使が数十年前に亡くなっている貴人の墳墓などに何用なのだろうか。
『アレクセーエフだけじゃない。その上にいるガルサノも怪しい……』
執政官ガルサノ。若くしてその地位に登りつめた天使。優秀なのは間違いないだろうが、そのあまりにも野心的な言動は逆に警戒感を抱かせた。
「おい天使の姉ちゃん。やっぱりあのお墓怪しいぜ。どうにも臭い」
マ・ジュドーに呼びかけられ、エシリアの思考は現実に戻された。
「中に入ってみる必要がありそうですね。どこかに入口はありませんか?」
「あそこに入口のようなものが」
マ・ジュドーを抱え先頭を行くレンが丘陵の麓に地下へと下りる階段を発見した。狭い階段で照明もない。一面苔に覆われていて、数十年使われていないのは明らかであった。
「某は通れますかな……」
ガレッドが一足先に入ろうとした。苦しそうに身を縮めて一歩二歩階段を下る。なんとか通れそうであった。
「でも、暗いですね。しかも、地面も苔だらけで足を滑らせそう」
レンが後に続こうとして足を止めた。
「私が先に行きます。灯りはこれで大丈夫でしょう」
エシリアは掌に小さな炎を出した。ガレッドが一度外に出て、先頭をエシリアに譲った。
エシリアは慎重に一段一段下りていく。その後にマ・ジュドーを抱きしめたレンが続き、ガレッドが殿であった。
階段は分かれ道こそなかったが、頻繁に曲がり角に出くわした。しかも、ずっと下りかと思っていたら、途中で急に上り階段になったり、そうかと思っているとまた下りになったりとしていて、複雑な作りになっていた。
「今どの辺りでしょうか……?分かれ道がなかったから、迷っているわけではなさそうですけど……」
レンがやや不安げに声を震わせていた。エシリアは階段の先に何か気配を感じようとしたが、何も感じられなかった。
「球体さん、どうですか?」
「魔力は感じるぜ。でも、お嬢のはねえな。いや、いろんな奴の魔力がごちゃごちゃに混ざっていやがるぜ」
分からねえよ、とマ・ジュドーは怯えていた。
「ねえ、何か音がしませんか?」
しばらくの沈黙があった後、レンが唐突に言った。
「音でござるか?う~ん、そういえば……」
「何か聞こえますね」
振動音というべきなのだろうか。小刻みに何かが震えている音がかすかに聞こえてくる。
「まさか……地震?」
レンがぎゅっとマ・ジュドーを抱きしめる。痛よぉとマ・ジュドーが情けない悲鳴を上げた。
「そうではなかろうが、何でござるか……」
「音は先から聞こえますね」
何かに近づいている。エシリアは足を速めた。やがて行き止まりにぶつかったが、壁の隙間から光が漏れていた。
「壁の向こうに何かあるようですね」
エシリアは壁を押してみたが、びくりともしなかった。
「ここは某が……」
狭い通路であったが、なんとか無理をしてガレッドが前に出た。
「盗掘しているようで気が引けるが……、ごめん」
ガレッドが肩から壁に体当たりをした。壁は脆く崩れ、ガレッドは向こう側に倒れこんだ。
「大丈夫ですか、ガレッド」
レンが慌てて駆け寄る。大丈夫でござるよ、とガレッドが起き上がる。
「御陵のこんな大きな空間が……。棺が納められている……ようではありませんね」
広い空間を見渡した。中央には巨大な円錐形の物体があり、中央部分には窓があり、青白い光が漏れていた。先端からは天井を沿うようにして四面の壁に向って無数の管が伸びていた。そしてその壁にはガラス張りの棺がいくつも立てかけてあり、管と繋がっていた。
「これは……」
エシリアはひとつの棺に近寄る。中には若い男が入れられていた。
「エシリア様!こちらは天使でござるよ!」
ガレッドに呼ばれ行ってみると、その中に納められていたのはタリューシャであった。
「タリューシャ!一体どうして……」
エシリアは息を飲んだ。あれだけ忙しそうに人間界の空を飛びまわっていたタリューシャが、まるで死者のように棺に納められていた。
「何者だ。騒々しい」
円錐形の物体の影から誰かが出てきた。その姿を見ても、エシリアは驚かざるを得なかった。
「アレクセーエフ……」
「エシリア……君か」
病的なまでにやつれたアレクセーエフの顔も驚きに満ちていた。
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