捕らわれの天使④

 エルマは脇目も振らず、シードの行方を追った。気がつけば朝になっていたが、あの女の魔力の残滓は濃厚に残っていて跡を追うことができた。


 「あの丘みたいなところか、でかい屋敷のどっちからだな……」


 魔力の残滓が途絶えたところで停止し周囲を見渡すと、人為的に作られたと思われる丘陵とその傍に大きい屋敷が見えた。あの女はそのどちらかにいるのだろう。そう判断したエルマは地上に下り、森の中に身を隠した。上空を飛んでいたら目立ってしまい女に見つかってしまうかもしれない。


 『あれは間違いなく魔神具だ』


 魔神具。かつて悪魔と天使が合い争っていた時に、悪魔が対天使用に製作した兵器の総称である。きっとあの魔神具は、天使を捕らえるために作られたものであろう。


 『ということは、あの女は同業者か?』


 エルマ以外に魔界から抜け出し、人間世界を混沌に陥れようとしている悪魔がいるなど、反吐が出そうな気分だった。早々に撃退し、退場していただかなければなるまい。


 幸いなことに近辺には集落がある様子はなく、屋敷以外に建造物もない。少々大暴れしても問題あるまい。


 『あのクソ天使のせいで鬱憤が溜まっているんだ。思いっきり発散してやる!』


 などと思って歩いていると、別の道からやってきた二人連れと行き当たった。乱立している木々が邪魔していて視覚的にまるで気がつかなかった。相手も同様のようで、どうしてこんなところで人と会うのかと言わんばかりに目をむいて驚いていた。


 『ちょっとお寝んねしてもらうか……』


 老人と少女。一見祖父と孫娘といった感じだが、双方から尋常ではない雰囲気を感じ取ったエルマは、行動を起こすのを躊躇った。


 「ほほう。こんなところで人と出会うとは……」


 口を開いたのは老人との方であった。おどけたような口調であるが、明らかにエルマのことを警戒していた。それどころか全身から漲るような殺気すら感じた。


 『気を抜いたらやられる……何者だ?』


 こちらから先制して仕掛けるべきか。それとも無視してしまおうか。エルマは判断に迷った。それほどこの老人はエルマに威圧感を与えていた。


 「よせよ、ジロン。そんな怖い顔で睨んでいるから、お姉さんが固まっているじゃないか」


 ねえお姉さん、と少女の方が妙に親しげに話しかけてきた。それで老人の殺気はすっと消え、エルマも気が削がれてしまった。


 「怖い顔など……しておりましたか、サラサ様」


 していたとも、とサラサなる少女は笑った。この二人、どういう関係なんだ。二人の間で交わされる会話は、明らかに年齢における上下関係が逆転していた。


 「どちらに行かれるんです、お姉さん。ひょっとしてお姉さんも公爵の御陵見学ですか?」


 少女は飄々としながらも、その眼光には油断ならざるものがあった。年の頃ならレンと同じぐらいだろうか。彼女とはまた違う方向性で大人びた雰囲気のする少女であった。


 「公爵の御陵?ああ、誰かの墓なのか?」


 上空から見た丘陵は公爵とやらの墳墓らしい。薄気味悪い所に来てしまったものだ。


 「そういうお前さんらも何用なんだよ。親族の墓参りって感じじゃねえだろう」


 「ははは。それはそうでしょう」


 ジロンとか言う老人は笑うだけで目的を語らなかった。惚けているようだ。


 『何かあるらしいな……』


 この怪しげな二人組もあの女を追っているのだろうか。だとすれば、協力するのもやぶさかではないが……。


 「なぁ、お前らさ……」


 「ジロンにサラサだ。お姉さんの名前は?」


 「……エルマだ」


 どうにも調子が狂う。レンといいサラサといい、年下の少女なのにどうも相手しづらかった。


 「ええい!もういい!私は勝手に行く!」


 エルマは二人を無視して先に進むことにした。背後で二人の忍び笑いが聞こえたが、無視だ無視。


 「お姉さん、そっちに行っても何もありませんよ」


 エルマはサラサに声をかけられ歩みを止めた。振り向くとサラサとジロンがにやにやと笑っていた。




 『どうなっているんだ……』


 結局、エルマはサラサ達と行動を供にすることになった。


 『半強制的に誰かと旅は道連れになる運命にあるのか?私には。まったく……』


 そうだとすれば嫌な運命である。魔界の皇女たる自分がそんな運命にあるなんて知れたら、魔界で大いなる笑いものになるだろう。


 『まぁいいや。単に向う場所が一緒だと思えば……』


 「うん。見えてきましたな」


 ジロンが声を上げ、エルマは立ち止まった。木々の隙間から古びた屋敷が垣間見えた。


 「薄気味悪いな。ひょっとしてお前らって、あの屋敷の持ち主だったりするのか?」


 「あの屋敷に所有者は、メイビア・マランセルというご夫人だ。今も生存しているかどうか不明だけどな」


 サラサがマランセル公爵にまつわる様々な出来事と魔女の存在。そしてサラサ達がここに来た経緯を話してくれた。


 「若い男の失踪。浚われた天使ね」


 なるほど、これで合点がいった。この近辺で起こっている数々の失踪事件。犯人はシードを浚ったあの女なのだ。女は魔神具を使い、天使と若い男を片っ端から浚っているのだ。


 「魔女が天使と若い男を侍らせて酒池肉林の宴でも繰り広げているのか?」


 「そんな可愛い動機だったら面白いんだけどな。でも、どうみてもどんちゃん騒ぎをしているような感じはないだろう」


 サラサが言うとおり、屋敷はひっそりと静まり返っていた。


 「どうするんだ?中に入るにしても呼び鈴なんてないぞ」


 「エルマ殿。どうもその必要はなさそうですな」


 ジロンが不意に腰の剣を抜いた。屋敷の門前に魔獣らしき獣が三匹、唸り声をあげながらこちらの様子を伺っていた。


 「サーベラか……」


 獣は間違いなく魔獣サーベラであった。魔女が住んでいるのかどうかは定かではないが、魔獣の巣窟になっている可能性は高そうだった。


 「サラサ様、エルマ殿、お下がりください。ここは私が」


 「はん。爺さん一人じゃ大変だろう。手助けしてやるよ」


 ここはひとつ魔法を見せつけ、サラサとジロンの度肝を抜いてやる。サラサは拳に炎を宿し、サーベラに向って火球を放った。不意を突かれた一匹のサーベラが直撃を喰らい火達磨になった。


 「へん!どんなもんだ!」


 エルマが自慢げに見得を切っている間の一瞬であった。素早くサーベラとの距離を詰めたジロンが剣を横一線に払った。サーベラの首が飛び、地面の落ちた。


 『できる……』


 度肝を抜かれたのはエルマの方だった。まるで魔獣と魔法を使うエルマを恐れていない態度と見事なまでの剣捌き。魔界でもこれほどの使い手はいないだろう。


 「おい、あと一匹残っているぞ」


 そしてサラサもである。魔獣と魔法を目の前にしているのに非常に落ち着いていて状況を冷静に見ている。残った一匹はジロンの剣の餌食となった。


 「それで全部か?魔獣とは恐れ入ったな」


 「まさに。やはりただの古びた屋敷というわけではなさそうですな」


 「おい、お前ら!私の魔法を見て何とも思わんのか!」


 エルマは心の限り怒鳴った。しかし、当のサラサとジロンは、何故怒鳴られているのか分からないとばかりに不思議そうにしていた。


 「何とも思わんのか、と言われてもな……。魔法は魔法だしな……」


 「そうじゃなくて!私が魔法を使えていることに驚きはないのか!」


 「私は自分の目で見たものは信じる。見ていないものは信じない。現に目の前で魔法を見せられたんだ。それはそれとして受け入れるしかないだろう」


 本当にこいつ自分よりも年下の少女なのだろうか。エルマは何だか自信をなくしそうだった。


 「どうかしたのか?エルマ」


 「……何でもない。もう私もいちいち驚かんようにする」


 エルマは観念したようにため息をついた。

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