捕らわれの天使③

 してやられた!


 翌朝、エシリアは憤怒の表を浮かべ、無人になっていたシードとエルマの部屋の前に立っていた。


 「あの性悪な女は一体何者なんです?」


 同じく様子を見に来たガレッドとレンに尋ねた。


 「エルマ殿の素性は我々にも存知かねます。自分で自分のことを悪魔と言っておりましたが……」


 悪魔。エシリアは思わず失笑してしまった。悪魔は天帝によって封印されたので、人間界にいるはずがなかった。とんだ戯言である。


 「そんな変人とあなた方はどうして旅をしているのです?そもそもあなた方も何者なのですか?」


 この際だからエシリアは改めて問いただした。答えたのはレンであった。


 二人とも元聖職者であること。そしてサイラス教会領で起こった事件の顛末とそこでエルマ達と出会ったことを聞かされたエシリアは、サイラス教会領に司祭長がいなかったことについては合点した。


 「そんなことが起きていたのですか……」


 「はい。私達も驚きました。エルマさんも解決のために奔走したのですから、根っから悪い人ではないと思うのですが……」


 「そんなこと分かったものではないです。とにかくシード君を捜しましょう。天使と思しき彼を野放しにしておくわけにはいけません。あなた方はどうしますか?」


 「某としても放ってはおけないでござる。お供いたす」


 「私も行きます」


 この二人も、特にレンの方はまだまだ素性に不明瞭なところがあるが、元聖職者ということあればエルマほどの変人ではあるまい。ひとまず信頼してもいいだろう。


 「心強い限りです」


 「しかし、どうやって捜すのでござるか?手がかりは……」


 「手がかりなら、ここにあります」


 エシリアは掌を扉につけた。ぱっと光の線で描かれた魔法陣が広がったかと思うと、扉にへばり付いていた黒い球体が姿を現した。


 「げええっ、ばれちまった!」


 黒い球体は下品な声をあげた。


 「やはり……。異形の者め、何者です!」


 「へん!言えるかよ!」


 黒い球体は逃げようとしたが、さっと手を伸ばしたレンに捕まった。


 「これはエルマさんの使い魔のマ・ジュドーさんです」


 「こら!離せ!こらぁぁ!」


 「使い魔……?」


 使い魔は高位の悪魔が使役する下等悪魔だと聞いている。しかし、悪魔が人間世界に存在しているとは思えないので、きっと変てこな魔獣か何かなのだろう。エシリアはそう思うことにした。


 「とにかく、あの女と関わりはあるのなら、何処にいるのか教えないさい」


 「へ、へん!言うもんか。天使だからって怖くないからな!俺とお嬢の絆をなめるんじゃねえよ」


 「そうですか。ならここで昇天しますか?あなたが本当に使い魔なら、天使である私の力で一瞬にしてこの世界から消して差し上げることができますよ?」


 「お嬢なら東に行った。お、俺ならお嬢の魔力を追うことができるぜ」


 「頼もしい限りです」


 エシリアはにっこりと笑い、マ・ジュドーも引きつった笑みを浮かべていた。




 エルマが向かったのは正確に言えば南東であるらしい。本当は飛んで後を追っていきたかったのだが、ガレッドとレンがいる手前、徒歩で行くしかなかった。エシリアは天使の翼を見えないように消した。


 「便利なものでござるな」


 ガレッドがまるで珍奇な道具を見ているかのように言った。


 「そんな風に言われたのは初めてですね……」


 確かに人間の前で翼を消すのは初めてかもしれない。天使が天使であることを示すのはこの翼と魔力しかない。それ以外は人間と体のつくりは同じなのだ。


 「さて行きましょうか。マ・ジュドーさん、道案内をよろしくお願いしますね」


 そのマ・ジュドーは、レンの腕でがっちりと拘束されていた。


 「とほほ……。お嬢、恨まないでくれよ」


 「南東ということは、マランセル公爵領ですね。そこにトリンビー村という宿場町がありますから、ひとまずそこへ向いましょう」


 「そうしましょう」


 エシリアはレンの提案を受け入れた。

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