捕らわれの天使
捕らわれの天使①
エシリアは混乱していた。
ユグランテスに似た少年の背中から出た八枚の天使の翼。彼は間違いなく天使だ。
しかし、だからと言ってあの少年がユグランテスであるとは思えなかった。
『ユグランテスには魔力は乏しかった……』
乏しいというよりも無いに等しかった。翼も小さなものが一枚しかなかった。
『天帝様でも四枚なのに……』
少年の背中から出たのはその倍だ。エシリアはそのことをどう考えていいかまるで分からなかった。
エシリアはひとまずエルマと休戦し(エルマは不服そうであったが)、ネラードの村の教会に戻り事情を聞くことにした。
「すると、あなたには記憶がないのですね?」
「はい……」
シードなる少年は、まるで自分に記憶がないことを申し訳なく思っているかのようであった。あるいは自分の背中から出た翼に困惑しているだけかもしれない。そういう表情はユグランテスとよく似ていた。
「記憶がないのはいつからですか?」
「二年前ほどです。ちょうど神託戦争が終わったぐらいです」
二年前。ユグランテスが堕天使となって帰ってこなくなったのも二年前だ。
「あなた方はシード君が天使であるとは気がつかなかったのですか?」
「いえ……某も初めて知りました」
「私もです……」
ガレッドとレンも驚きを隠せない様子であった。エルマひとり、面白くなさそうにそっぽを向いていた。
「あなたは……知っていたのですね」
「ふん。どうだかね」
エルマは今にも欠伸をしそうな顔をしていた。惚けているつもりかもしれないが、間違いない。エルマは知っていたのだ。
「嘘をつくと承知しませんよ。シード君に記憶がないのは、あなたの仕業だとも考えられるんですよ」
「はん。シードのおでこに触れてごらんよ」
エシリアは不承不承シードの額に触れてみた。すると魔法陣が出現した。形を見る限りは天使がよく使う陣形に似ている。これがシードの記憶を封じているのだろうか。しかも複雑で、エシリアでは解くことはできそうになかった。
「それで分かっただろう?私もシードが天使であるということしか知らんよ」
それについてはエルマを信用するしかないだろう。エシリアはシードの方に向き直った。シードは怒られている子供のように体をびくつかせた。
「あの……エシリア様。僕が天使だなんて……嘘ですよね」
「あなたも自分で見たでしょう?自分の背中から出ている翼を」
「……」
シードは沈黙してしまった。あんまりいじめるんじゃねえよ、とエルマが茶々を入れたが、エシリアは無視をした。
「とにかく教化は中止します。シード君、一緒に天界へ行きましょう。そしてあなたに仕掛けられた魔法陣を解いて記憶を取り戻しましょう」
エシリアにはそれが最善であるように思われた。しかし、シードは明らかに怯えていた。
「それは止した方がいいな」
口を挟んだのはエルマであった。エシリアはきっと睨んだ。
「どうしてです?」
「おいおい冷静に考えな。シードは八枚の翼を持っている。天帝の倍だ。そんな奴が急に天界に現われたら大事だぜ」
エルマに指摘されエシリアははっとした。確かにそうだ。天帝以上の力を持った天使が現われたとなれば天界は大混乱するだろうし、シードなる少年も無事ではあるまい。
「では、どうすべきだと言うのです?」
「知らないね。そりゃあんたの問題だろう?私とシードはこのまま旅を続ける。それだけだ」
なぁシード、とエルマが言うと、シードは嬉しそうにはにかんだ。シードと言う少年は天使であるエシリアよりもエルマのことを信用している。それが堪らなく癪であった。
「分かりました。私もご一緒します」
「な!何でそうなる!」
「シード君が私の捜している天使である可能性があります。しかし、天界へと連れて行くわけにはいかない以上、監視するしかありません」
「無茶苦茶な論理だな」
エルマに言われるまでもなく、自分でも無茶苦茶なことを言っているとエシリアは思った。
「あの……エシリア様。教化はどうされるつもりですか?」
レンがそう指摘した。
「教化は続けます。それはあなた達と帯同していてもできますから」
それは明らかな嘘であった。担当する地区から外れれば、エシリアは教化できなくなる。
「そこまで仰るのならよいではござらぬか。天使様にご同行いただければ、某達の旅もやりやすいというものでござろう」
「私も異存はありません」
ガレッドとレンは同意してくれた。
「はん。勝手にしな」
と言いながらも、エルマは微かに笑っていた。何を考えている、この女。そして何者なんだ。
存分に注意する必要がある。エシリアは警戒感を一層強めた。
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