天使と悪魔、困惑す

天使と悪魔、困惑す①

 エルマ・ジェスダークは困惑していた。


 魔界の皇女たる彼女は、人間界の視察にやってきたわけだが、基本的には自由気ままな一人旅を希望していた。ただ、旅は道ずれというように、途中で好みの美少年でも見つけて下僕にでもできればいいな、と淡い願望を抱いていた。


 その願望はひとまずは実現した。人間界におけるエルマの下僕第一号になったシード・ミコラスという少年は、エルマ好みの美少年だったし、しかも天使であるらしい。二人の間の関係性については、双方で意見の隔たりが若干あるものの、エルマとしてはまずまず満足していた。


 しかし、どういうわけか旅の道ずれが二人も増えてしまった。増えた分が美少年であるならばエルマとしても異論ないのだが、二人とも美少年からはほど遠かった。


 一人はガレッド・マーカイズとかいう体格のいいおっさんであった。天を突くような大男、とまではいかないが、人間にしては最上級の部類に入る大男であろう。しかも馬鹿力で、一度エルマはこの男と格闘したが、純粋な力勝負ではエルマは負けるのではないかと思うほどであった。


 もう一人は男ですらない。レンと名乗る少女であった。人間年齢で換算すれば、エルマよりもかなり年下だろう。もともと教会にいたらしくとても真面目で、年少のくせに大人びた言動するところがエルマの鼻に付いた。


 ガレッドとレンは、サイラス教会領で起こったさる事件で遭遇し、そこにエルマとシードも巻き込まれたわけだが、それ以来どういう訳か旅を供にしている。一体全体どうしてこうなってしまったのか、エルマの思考は追いつかず、ただただ困惑するだけであった。


 「このまま南に行けばどこへ出るんです?」


 「サイラス教会領の南はマランセル公爵領で、さらに南へ行くとエストヘブン領に出ます」


 「流石詳しいですね、レンさん。この辺りも旅をされていたんですか?」


 「いえ、私は知識として知っているだけです。ガレッドの方が詳しいんじゃないですか?」


 「いやいや、某は、サイラスに来てからは領内を出たことがありませんからな。謂わば、籠の中の鳥でござりますよ」


 「まぁ、随分と大きな鳥ですわね」


 「かなり大きな鳥篭が必要になりそうですね」


 はははは、と三人が笑い出し、エルマの頭の中で何かがぷつんと音を立てて切れた。


 「いいかげんにしろよ!お前ら!」


 エルマの怒声に笑い声は止んだが、三人とも何で怒られたのか分からないと言わんばかりの不思議そうな顔をしていた。


 「私はいずれこの人間世界を征服するつもりで視察の旅をしているんだぞ!おもしろ珍道中をしているわけじゃない!シードは私の下僕としてもっと自覚を持てよ!それにお前らどうして付いてくるんだ!」


 エルマは息切れしながらも、思いのたけを全部ぶちまけた。


 「下僕の自覚と言われても……」


 下僕になった記憶ありませんよ、というシード。こいつ、約束のことをすっかり忘れていやがるな。


 「別によいではござらんか。旅は道ずれ世は情け、と言うではござらんか」


 がははは、と笑いエルマの肩を叩くガレッド。痛い痛い。おっさん、力が強すぎるんだよ。


 「そう思われるなら、エルマさんが一人で旅をすればいいんじゃないですか?」


 「なっ!」


 「そうでござるな。この道中が嫌と申されるならエルマ殿が我々から離れればよかろう」


 こ、このクソ元坊主め。痛い所を突きやがる。それができれば苦労はしないのだ。


 エルマとしては、シードは手元に置いておきたい。ガレッドとレンとはおさらばしたい。だから、シードがガレッド達と旅をしたいと望んでいる以上、エルマも渋々付き合うしかないのだ。


 『くっそぉぉぉ。この私がなんでこんなに苛々しなくちゃいけないんだ……』


 エルマは恨めしげに先を行く三人を見た。魔界の皇女として、このままでは名折れだ。何とかしなければ……。


 「ところで、これからどこへ行きましょうか?」


 レンが立ち止まり誰に問うでもなく言った。


 「某は教会で起こっていることがどうにも気になる。できれば教会の様子を探りたいのでござるが、某は破門された身で、レンも何事か訳がおありのようだから、迂闊には教会領に近づけませんな」


 「おいおい、ひとつ忘れてないか。私は悪魔だぞ。一番近づいちゃいけない存在だろう」


 「それを言うならエルマさん、ここはまだ教会領でしょう?」


 そうなのだ。サイラス教会領で揉め事を起こしたにも関わらず、エルマ達はまだ堂々と同じ教会領にいるのだ。


 「はん。教会領なんて言っても集落もろくにない田舎じゃねえか。人外の生物が蠢く秘境の方がマシだぜ」


 「そうですね。行く先を考えるのもいいですけど、サイラスを早々に出ることをまず考えましょう。追っ手が迫っている様子はありませんが、あまり居心地よくありませんからね」


 レンは同意を求めるようにエルマ達を見渡した。シードとガレッドは頷き、エルマは何も言わないことで同意であることを表した。


 エルマ達が関わった事件。サイラス領の司祭達が田舎の村人達を騙して若い娘達を浚っていたのだ。しかも、その司祭のうち一人は魔獣だったのだ。


 この事件の真相がどの程度明るみになって人々に知られるようになったのか、また司祭長であるヤナ・ヤナックがどうなったのか、エルマ達は知らないのだが、兎も角も騒動に関わった者としては長居は無用なのは確かだった。


 「やれやれ……。何にも悪いことをしていないのにこれではお尋ね者じゃないか」


 エルマがうんざりとして呟くと、一同から失笑が漏れた。


 「な、何だよ!」


 「その台詞、到底悪魔とは思えませんね」


 「そうでござるまな」


 「ほら、レンさんもガレッドさんもこう言っているじゃないですか」


 「ちょっ……!お前ら、本当にいいかげんにしろよ!」


 エルマは抗議しようとしたが、三人は益々失笑するばかりであった。諦めたと言わんばかりにエルマはため息をついた。

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