雷神と少女③

 アズナブールと別れカランブルを出たサラサ達は、マグルーン派の兵士達に囲まれながら一路領都を目指していた。


 『まるで罪人の護送だな。まぁ、一応は罪を被った一族ということになっているからな』


 サラサ達が乗っている場所を取り囲んでいるのは、四騎の騎兵と十数名の歩兵である。サラサは、たかが小娘にここまでする必要はあるまいとマグルーン派の小心をせせら笑いたかった。


 「コーメル。すまんな。こんな物騒な連中の只中では居心地悪いだろう」


 サラサは窓を開け、手綱を握るコーメルに言った。勿論、廻りを固めている騎兵達への嫌味でもあった。


 「私はお嬢様の馭者でございます。どこまでもお供いたしますとも。それに騎兵隊の一人になったようで、気分がよろしゅうございます」


 先日の襲撃事件以来、妙に神経が太くなったのか、コーメルは兵士達に囲まれていても平然としていた。


 それに引き替え、ミラは常に緊張した面持ちでサラサの隣に座っていた。アズナブールからサラサを託され、是が非でもサラサを守り続けなければならないと思い込んでいるのだろう。


 「ミラ。そんなに緊張するな。顔が怖いぞ」


 「そ、そうでしょうか……」


 ミラが窓に映った自分の顔を見た。


 「別に奴らも私を取って食うつもりはないだろう。アズナブール殿のことは気にかかるが、今は彼らを信じるしかないだろう」


 「そうでございますね……」


 ミラは元気なく同意した。彼女にしてみれば、カランブルの様子も気になるのだろう。サラサも気にはなっていた。


 サラサ達がカランブルを離れたことで、マグルーン派は総攻撃をかけたことだろう。サラサの機転で時間を稼いだことでアズナブール側も戦力が増えたから一方的にやられることはないだろうが、全軍を統括できる指揮官の不在でどこまで戦えるかは疑問であった。


 『天帝とやらが本当にいるなら、アズナブール殿を助けてやってくれ』


 日頃、敬虔とは程遠いサラサであったが、この時ばかりは天上にいるという天帝に祈るばかりであった。




 サラサ達を乗せた馬車は、エストヘブン領のちょうど真ん中にあるエスティナ湖に近づきつつあった。領内きっての景勝地なので、いつもなら湖畔で涼を求める観光客が目につく頃合いなのだが、この時は鎧を着た兵士達でごった返していた。


 「どうやらここを拠点にしているようだな」


 「そうでございますね」


 サラサは具に観察した。歩兵、騎兵を中心とした複数の部隊がいるようで、部隊旗が至る所に広がっていた。


 それだけではなく、所々に天幕を張り、食物が入っていると思わしき樽が山積みされている場所もあった。マグルーン派は相当の兵力を繰り出し、しかも長期に渡ってここに腰を据えるつもりのようだった。


 『奴らは本格的にアズナブール殿を叩き潰すつもりだな……』


 マグルーン派は、戦力を小出しにせず、一気にアズナブールを討滅するつもりなのだろう。迅速かつ躊躇いのない戦略である。マグルーン派の首魁は頭が切れるらしい。


 サラサが軍の陣容を頭に叩き込んでいると馬車が止まった。随伴していた兵士によって扉が開かれた。降りろということなのだろう。


 馬車から降りるとサラサとミラは兵士に案内され、最も物々しく警護されている天幕へと連れてこられた。


 「ドレスデン様。サラサ・ビーロス様を連れてまいりました」


 兵士が天幕向かってそう言ったので、サラサは少々驚いた。首魁自らが前線まで来ているらしい。


 『どれほどの男か見てやるとするか……』


 サラサは楽しみにしながら天幕の中に入った。


 「これはサラサ・ビーロス様。長の旅、お疲れでございました。私は討伐軍を指揮しておりますベンニル・ドレスデンです」


 応対してきたのは若い男だった。整った顔で微笑をたたえているが、その目は決して笑っておらず、常に鋭い光を宿していた。一目して尋常ではない人物だとサラサは悟った。


 「サラサ・ビーロスだ。出迎えご苦労」


 とても好感を持てる相手ではなかった。だからサラサは横柄な態度を取ることにした。サラサの横柄な物言いに、ベンニルはわずかに眉を動かした。


 「領都までは我が軍を責任を持ってお送りしますので、ご安心ください」


 「あんな物騒な連中に囲まれて安心も糞もないわ」


 「左様でございますか。それは申し訳ありません。兵士の数は減らすとしましょう」


 ベンニルはあくまでも穏やかであったが、やはり目は笑っていなかった。サラサの横柄な物言いに多少なりとも不快感と腹立ちを感じていることだろう。


 『あまり怒らすと何をしでかすか分からん。それに奴らの内情をもっと知りたい』


 サラサは少々態度を改めることにした。


 「それは助かる。生まれてこの方、兵士とか騎兵を見るのが怖いほど臆病でな。カランブルでもずっと震えておったわ」


 「それは失礼を致しました。よもやカランブルにビーロス様がいらっしゃるとは思いませんでしたので」


 嘘を言いやがって、とサラサは心の中で呟いた。手荒い方法で近づくなと警告したくせに。


 「まったくだ。しかし、こちらもアズナブール都督が謀反を企んでおるとは想像もしていなかった。そんな恐ろしい場所に私を呼んだのかと思うと、今でも鳥肌が立つ」


 勿論、ベンニルから情報を引き出すための嘘であった。


 「ほう。カランブルの様子は平穏でしたか?」


 「私が見た限りではな。尤も、私のような軍事のド素人に気取られるようなことはするまい。あなた方はよく見破ったものだ。大したものだ」


 サラサは心にもない世辞を言った。ベンニルの微笑がさらに綻んだように見えた。褒められたことを素直に喜んでいるのだろうか。そうだとすれば大したことのない相手だ。


 「私どもはかねてよりアズナブール都督謀反の噂を聞いておりまして、密かに内定をしておりました。その結果、謀反間違いなしということで今回討伐の軍を立たせたわけです」


 「なるほど。ご領主ベストパール様もさぞご心痛のことだろう」


 サラサがそういうと、ベンニルの目にやや濁りが生じた。それでサラサは確信した。ベストパールはすでにこの世の人ではないのだろう。


 「左様でございます。ご領主様は大層驚かれ、心労のあまり臥せっておられます」


 「ふむ。それは気の毒に。領都に着いたあかつきには見舞って差し上げなければな」


 ベンニルは何も言わなかった。おそらくは適当な言葉が思い浮かばなかったに違いない。


 「さて、そろそろ出発させるがよろしいかと。早くしなければ宿場町に着く前に日が暮れてしまいます。ビーロス様も陣中での寝泊まりは御嫌でございましょう」


 ベンニルはサラサとの会話を終わらせにかかってきた。それほどベストパールのことについては触れてほしくないのだろう。サラサとしてはもっと情報を引き出したかったが、このあたりが限界かもしれない。


 「勿論だ。どんなに粗末であってもベッド上でしか眠れん性質でな。地面に雑魚寝は御免蒙りたい」


 「では、宿場町ではよいベットをご用意できるように取り計らいましょう」


 「助かる。ドレスデン殿はこれよりカランブルへ?」


 「ええ。しかし、私が着く前に片付いていればよいのですが……」


 「ご武運を」


 サラサはまた心にもないことを言ってしまった。

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