雷神と少女④
駐屯地から出た馬車は、エスティナ湖の湖畔を添うようにして一路領都へ向かう。ベンニルは約束を果たしてくれたようで、警護する兵士達は僅かながら減っていた。
「サラサ様。ベンニル・ドレスデンをどう見ましたか?」
しばらく無言であったミラが意を決したように訊いてきた。
「ミラ。小娘の人物評なんぞ聞いてもあてにならんぞ」
「またそんな言い方をなさって……」
「まぁ、そんな顔をするな。そうだな。頭が切れる策士であることには違いないが、自分のそういう才能に過度に酔っている節がある。だから人物としては意外と底が浅い。しかし少なくとも、アズナブール殿の陣営に彼に匹敵する才覚を持った者はいないだろう」
サラサの評価にミラは悲しげに俯いた。彼女自身、サラサが下したのと近い評価を持っていたのだろう。
「落ち込むな、ミラ。これはあくまでも私の勝手な人物評だ。外れているかもしれんし、あっていてもあの男一人で軍を切り盛りしているわけではない。結果がどう転ぶか分からんよ」
「サラサ様、カランブルへ戻りましょう!」
突如としてミラがとんでもないこと言ったので、サラサは一瞬絶句してしまった。
「何を言い出すんだ、ミラ」
「サラサ様なら、アズナブール都督の全軍を率いて、見事に戦えます。戻りましょう」
「無茶なことを言うな。今さら引き返せるわけないだろう。それに私が軍を率いてどうする?こんな小娘が戦術指揮なんてできるわけないだろう」
「しかし、カランブルでは見事に敵を撃退したではありませんか!」
「あれは偶々だ。他にできる奴がいなかったから、やったまでのことだ。一度の偶然だけで戦術指揮ができるのなら、用兵家なんていらんだろう」
「私はそうは思えません。サラサ様には用兵の才能があると思います。それだけではありません。人をひきつける魅力と、人を従わせるだけの威を感じます」
「おいおい、ミラ。そんなお世辞を言われても困るだけだ。私はたかだか十四歳の小娘だぞ。煽てて神輿に担がれても笑われるだけだ」
ミラが世辞を言っていないことはサラサも承知していた。ミラは本気なのだ。ミラは本気でサラサに将帥の才能があると思っているし、本気でカランブルに戻りアズナブールを助けたいと思っているのだ。しかし、当のサラサは、一軍の指揮官なんてできるはずもないと思っているし、したところで天下の笑いものになるだけだと思っていた。
「もうご存知でしょうが、私はアズナブール都督を応援しております。都督こそ次期領主に相応しいと思っております。ですから、サラサ様の警護を命じられた時、サラサ様を説得して旧コーラルヘブン領の勢力を都督のお味方にしようと考えておりました」
ミラがアズナブール派であることは承知していたが、まさかそこまで考えていたとは思ってもいなかった。サラサは黙ってミラに語らせることにした。
「しかし、お会いしたサラサ様は聡明で、とても説得などできないと感じました。それほどにサラサ様は才気にあふれ、また魅力に富んでいました。私はいつしか自分に課した使命を忘れ、サラサ様をお守りすることだけを考えるようになりました。都督がお命じになるまでもなく、私はサラサ様に付き従うつもりでいました」
「ミラ、もう止せ。体が痒くなる」
「私は都督と同じぐらいにサラサ様に忠誠を尽くしております。だからこそ、お二人がより良い方向で生きていける道というものを進んで欲しいのです」
「その道というのが、私がカランブルに戻って都督と一緒にマグルーン派の蹴散らすということか?それではまるでアズナブール殿のために私が利用されるみたいじゃないか」
「そう聞こえたのなら謝罪いたします。しかし、サラサ様だってエストヘブン領の一隅で生涯を終えられたくないでしょう。終えるべき人物ではありません」
ミラは一歩も引かなかった。その迫力にサラサは一瞬反論する言葉を見失った。
「サラサ様は仰いましたよね。あの屋敷で一生を終えるのが辛くて怖いと。そこから逃れられるとすれば今しかありません」
「そこまでにしておけ、ミラ。それ以上言うと、流石の私も怒るぞ」
サラサがきつく言うと、ミラははっとして黙り込んだ。サラサとしてはミラの気持ちも分からないでもないが、ここは乗せられるわけにはいかなかった。
『何も今すぐカランブルに戻ることだけが、アズナブール殿に利する行動ではないんだぞ』
サラサはミラにそう言ってやりたかったが、あえて言わないでおくことにした。
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