元聖職者は己を信じ決着をつける⑦
「はん。教会の司祭と僧兵が魔獣だったとはな」
聖職者とは呆れたもんだ、とエルマは嘆息した。
「エルマ殿、あれは……」
「見てのとおり魔獣だよ、おっさん。人狼と言って二足歩行する狼だよ。シード、レン。そこいらにいる小娘達を任せたぞ」
「う、うん!」
シードとレンが壁際に固まって震えていた少女達を外に逃がそうとする。人狼と化した僧兵がさせじと襲い掛かっていく。
「さるかよ!」
素早く動いたエルマが人狼の尻尾を掴んだ。掴んだ手には炎が宿り、尻尾を通って人狼に燃え移った。
きゃん、という子犬のような鳴き声をあげながら炎に包まれた人狼が転げまわる。が、やがて転げまわることもなくなり、消し炭にようになって動くのをやめた。
「魔法だと……。貴様、何者だ!」
ヤナックが声を震わした。ガレッドの知る限り、こんなに怯えたヤナックを見るのは始めてであった。
「ああん?そんなことどうでもいいだろうよ。でも、私のことを知らないってことは同業者じゃねえな」
お前こそ何者なんだよ、とエルマは逆にヤナックに問いかけた。
「それこそどうでもいいことよ!コサハール!早く始末せい!」
出てくる言葉は強気だが、ヤナックは明らかに怯えていた。
「おっさん!来るぞ。そいつは任せた。私は雑魚をやる!」
「お、おう!」
ガレッドは槍を構えなおした。正面からコサハールが襲い掛かってくる。コサハールは右腕を振り下ろしてきた。その先には鋼のような長く鋭い爪が生えていた。
がつ、と鈍い音がした。ガレッドは槍を斜めに構え、コサハールの爪を槍の柄で受け止めた。コサハールの動きが思いのほか速く、受け止めるのが精一杯であった。
「ぐううう!」
「ひゃぁぁぁっ!」
コサハールがガレッドの腹に右足で蹴りを入れた。内臓が飛び出てきそうな衝撃を受けたガレッドは槍を落とした。そこからさらにコサハールの拳がガレッドの顔面に叩き込まれ、ガレッドは呻きながら地面に倒れた。
「ガレッド!」
意識ははっきりとしている。レンが自分を呼ぶ声が聞こえる。しかし、体が思うように動かない……。
「勝負あったな、ガレッド・マーカイズ。己の信念とかくだらぬもののために無用な正義感を振りかざすからだ」
コサハールがガレッドの頭を掴んで、無理に立たせようとした。
「くだらぬ……ですと……」
聞き捨てならぬ言葉だった。ガレッドは、自分の頭を掴んでいるコサハールの手を握り返した。
「その方から見たらくださぬかもしれんでござろうが、某はいつも本気でござる。そして、その某の信念を認めてくれた方々がいる。それを侮辱することは許せんでござる!」
無我夢中であった。強く握り締めたことでコサハールの手首の骨を粉砕したかもしれない。ぎゃああ、と悲鳴を上げたコサハールがガレッドの頭から手を離した。
「人の信念を馬鹿にする外道め!魔に落ちた貴様にかける情けを某は知らぬでござるよ!」
今度はガレッドがコサハールの頭を掴んだ。そのままコサハールの顔面を自らの右膝に叩きつけた。
「がぁぁぁぁ!きゃん!」
コサハールが悶えながら七転八倒する。ガレッドは、微塵の憐憫も感じなかったが、このままにしておくわけにはいかなかった。
「もとから魔獣だったのか、それとも魔獣となったのか。どちらか分からぬが、もう貴様が助かり道はこれしかないようでござるな」
ガレッドは落ちていた槍を拾い、コサハールの腹部目掛け突き出した。コサハールは、大量に喀血した。しばらくは痙攣するように手と口を動かしていたが、やがて力尽きた。
「はぁはぁ……」
コサハールが絶命するのを見届けたガレッドは、全身の力が抜けたようにその場に尻餅をついた。
「ガレッド!」
背中からレンが抱きついてきた。ガレッドの太い首にレンは小さな手をまわしてきた。
「レン。まだ危のうござる……。他にも魔獣が……」
「その心配はねえよ。もう終わった」
息ひとつ乱れていないエルマが不機嫌そうに言った。エルマの周りには黒焦げになった人狼がきっちり四体転がっていた。
「流石エルマ殿でござるな」
「おっさんも人間にしてはやるじゃねえか。人間が魔獣と対等にやりあえるなんてそうないことだぜ。でも、肝心の親玉を逃がしちまったぜ」
そう言われてガレッドは周囲を伺った。確かにヤナックの姿がなかった。
「逃げられたのでござるか……」
「まぁ、いい。どうせ奴はもう教会には戻れんだろう」
「おおおい、お嬢。もう終わっちまったか」
開きっぱなしになっていた扉からマ・ジュドーが入ってきた。ガレッドは、背中にうずめていたレンの顔が離れていくのを感じた。
「おう、マ・ジュドー。村のほうは大丈夫だったか?」
「そっちはばっちり。でもよ、ここに来る時に妙な魔力を感じる洞窟を見つけてよ。ちょっと寄り道してみると、変な祭壇があって、僧兵が二人死んでいたぜ」
「祭壇……。ヤナックとかよりも、そっちの方が気になるな……」
ガレッドも気になったが、思考がまともに働かなかった。ただ今は疲れた体を休めたかった。
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