元聖職者は己を信じ決着をつける⑥

 その建物はホーラン村がある山からそれほど遠くない場所にあった。


 山を下り、川底の浅い小川に沿ってしばらく歩くと、ぽつんと木造の小屋があった。


 小屋とはいっても、多いときには十数人の司祭、僧兵が寝泊りできるのだからそれなりの大きさである。ただ、周囲はまるで整備されておらず、草も伸び放題で、門扉も壊れかけていた。一見すればただの廃屋であり、昼間でも用がなければ立ち寄るのも躊躇われた。


 しかし、確実に人がいると分かるのは、門前に数等の馬と馬車が繫がれているからであった。よくよく見れば馬に飼い葉をやっている僧兵の姿もあった。


 「間違いなく誰かいますね。あの馬車、やっぱり僕達が会ったあの馬車ですよ」


 小屋から離れた岩陰に隠れ様子を探っていると、シードが門前に止まっている馬車を指差した。それはガレッドもよく知る馬車であった。


 「あれはサイラス領の司祭長ヤナ・ヤナック専用の馬車でござるよ」


 「はあん。司祭長様直々に悪事に手を染めていたわけか。ますます許せんな」


 エルマが憎憎しげに言った。


 「如何いたそう。夜になるのを待つでござるか?」


 「あん?馬鹿いってんじゃねえぜ、おっさん。私達は夜討ちをしにきたわけじゃねえんだぜ。正々堂々と乗り込もうじゃないか」


 ガレッドはやや肝を抜かれた。てっきり夜になるを待つものとばかり思っていたのだが……。


 「それは私も賛成です、ガレッド。どういうことになろうと、まず胸を張って相手の非を鳴らしに行くべきです」


 レンも同調した。レンに言われれば説得力があった。シードも異存ありませんと言った。


 「そうでなくちゃな。行くぜ、お前ら」


 エルマが堂々と岩陰から出た。それにレン、シードと続き、ガレッドも慌てて立ち上がった。


 「ん?何だ、お前ら!」


 エルマ達に気づいたのは馬に飼い葉をやっていた僧兵だった。最初は威勢よく怒鳴っていたが、ガレッドの姿を認めるや否やひっと悲鳴を上げた。


 「はん。なるほどね。私達のことはすっかりとご存知なわけだ。それなら遠慮いらねえな」


 僧兵が飼い葉桶を放り投げ、立てかけてあった槍を取ろうとした。しかし、エルマが駆け出し、僧兵の後襟首を掴み、引き倒した。


 「雑魚には用はねえんだよ。すっこんでいろ!」


 エルマは僧兵の腹に蹴りを入れた。僧兵は一撃で気絶し、地面にのびた。


 「ごきげんよう!極悪司祭ども!」


 エルマが木戸を蹴破った。中は薄暗かったが、木戸が開いたことで太陽の光が差し込んできた。ガレッドはおぞましい光景を目にした。


 見覚えのある教会の高僧が裸になった少女を抱きすくめていた。この上なくいやらしい顔をして、少女の小さな胸を嘗め回していた。部屋にいたのはその少女だけではない。他にも裸にされた少女は複数いた。


 「おのれ!外道め、ヤナ・ヤナック!」


 ガレッドは、先頭にいたエルマの前に出てヤナックに槍先をむけた。


 「ガレッド……。ちっ、僧兵どもはしくじったか」


 ヤナックは、少女を乱暴に突き放すと、服装を正した。


 「やはり、貴様がすべての元凶だったのだな」


 「ふん。どこまでも正義感ぶった不愉快な奴よ。そうとも、すべてはこの私がやったことよ」


 ヤナックは悪びれずに言った。そこには教会の高僧としての威厳は微塵もなかった。


 「聖職者としての生活は息苦しくてな。たまに羽目を外すぐらいいいだろう。我々の教えで奴らは救われているんだからな。その代償だ」


 「その代償のために多くの少女が涙し、人が死んだのでござるぞ」


 「ホーランの村長は死んだらしいな。奴が裏切らねば、こんなことにならずに済んだのに……」


 余計なことをしてくれた、と言うヤナック。やはりマシューは共犯、いや、共犯にされたのだろう。


 「教えに見返りを求めるなど、聖職者の資格はありませんね」


 レンが力強くヤナックを非難した。高僧と少女のおぞましい光景を見ても怯む様子はなかった。


 「偉そうなことをいう小娘よ……。うん、どこかで見たことがあるような……」


 「左様なことを言ってレンを惑わすか!外道!」


 レンを見るヤナックの目が尋常でないことを悟ったガレッドは、もはや我慢できず体が動いた。


 「コサハール!僧兵どもよ!」


 ヤナックが叫ぶと、後の扉が開いてコサハールと四人の僧兵が飛び出してきた。コサハールは一気に跳躍し、ガレッドの前に立ち塞がった。その動きは人間離れしていた。


 「コサハール!これはどういう!」


 「ひゃひゃひゃひゃ!ガレッド・マーカイズ。貴様を殺さねば、俺が操作した帳簿のことがばれちまうぜぇ!」


 口調も明らかにおかしかった。今にも噛み付かんとばかりに大きく開いた口の両端からはだらしなく涎が垂れ零れていた。


 「やれ!コサハール!」


 「ぐるおおおおおおおん!」


 もはやそれは人の声ではなく獣の咆哮であった。コサハールが纏っていた法衣が破れ、その下から現れたのは全身灰色の毛で覆われた体であった。明らかに人間ではなく、狼そのものであった。コサハールだけではない。僧兵達も次々と狼に変身していく。囚われていた少女達が悲鳴をあげた。

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