元聖職者は己を信じ決着をつける④
「この痴れ者がめのが!」
コサハールが逃げ帰ってきた僧兵の一人を足蹴にした。臆面もなく土下座している僧兵はひたすら謝罪の言葉を並べるだけで、己より明らかに体躯に劣るコサハールにされるがままであった。もう一人の僧兵も、その大きな体を縮めながら土下座をしていた。きっとコサハールの怒りが自分に向かないことをただただ祈っているに違いない。
滑稽なものだ、とヤナックは思った。純粋な力関係でいえば、あきらかにコサハールの方が劣るのである。僧兵がその気になれば、コサハールの首を素手でねじ切ることもできるであろう。しかし、そのようなことはなく、僧兵達はコサハールの暴力に震えながら耐えるしかないのである。これほど滑稽なことはなかった。
それはコサハールが権力や権威という鎧を武装しているからに他ならない。直接的な暴力にも勝る目に見えぬ権威。それを己も全身に身に纏っているかと思うと、愉快でならなかった。
「ヤナック様。いかが致しましょう?奴らの中にガレッド・マーカイズがいるようですが……」
ガレッド・マーカイズ。権力、権威に屈しなかった元僧兵。屈しないどころか、喰らいついてきそうな獰猛さを秘めた男。名を聞くだけでヤナックは不愉快になった。
「殺すしかあるまいな。ガレッド・マーカイズも、村の連中も」
ホーランの連中が生贄に対して何かと騒ぎたて、反抗しようとしていることは、ヤナックにも連絡が来ていた。この点についてヤナックは楽観していた。どうせ未だに古臭い迷信を本気になって信じてきた連中である。エビルドラクーンの幻影を見せれば大人しくなるだろうと思っていたのだが、そうはならなかったらしい。きっと騒動の中心にガレッドがいたからであろう。ますます忌々しい奴である。
「は、はぁ……」
コサハールがやや驚いたようにこちらを見た。
「意外か?コサハール」
「いえ、そういうわけでは……」
「帳簿の件のこともある。お前にとってもガレッド・マーカイズは面白くない男であろう」
「左様でございますが……」
「不服か?コサハール」
「いえ。滅相もございません。承知しました。で、マゲンレルは如何致しましょう」
マゲンレルはエビルドラクーンの幻影を作り出した魔術師である。ホーランの近くにある洞窟に祭壇で設け、幻術を操っていたはずである。
「教会の司祭が幻術を使っていては、それ自体が疑いの元となる。今回の失敗もある。自裁させるか、拒むようであれば殺せ」
「致し方ありませんな」
「そもそも、この児戯もあやつが言い出したことだ。楽しめはしたが、しくじったとなればその咎は重い。死をもって償うしかあるまい」
児戯。まさにヤナックからすれば児戯であった。信心深い田舎の村をだまして生娘を差し出させ、その若々しい肉体を堪能する。それを提案したのは他ならぬマゲンレルであった。
ヤナックとしても、ドノンバで調達できるような商売女だけでは面白みに欠けると思っていた頃なので、その提案に魅力を感じたのだった。ヤナック達は年毎にホーラン、テリンデル、カノピの村々から生娘を生贄に乗じて誘拐し、別宅に監禁。その肉体を弄んでいたのである。
「一年に一度の楽しみと思っていたが、仕方あるまい。また別の楽しみを見つけるとしよう」
「しかし、ここまで来てドノンバに帰るのはいささか興ざめですな」
「ふむ。昨年の女がまだ別宅にいたか……。まぁ、それで我慢するか」
「御意。僧兵どもはホーランへ。馬車はヤナック様の別宅へ」
コサハールが号令を下した。次に生娘を調達する役目をコサハールに任せてもよかろう、とヤナックはひとり考えていた。
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