元聖職者は己を信じ決着をつける②
ガレッド達はひとまずホーランへと戻ることにした。ガレッドは気絶したままの僧兵を背負い、レンは松明を片手に絶えずシュレナを気遣いながら前を歩いていた。
道中、ガレッドの後ろを歩くエルマとシードが口々に自分達の素性を話くれた。しかし、双方とも言っていることがまるで異なり、さっぱり要領を得なかった。ただ一点、シュレナの許嫁であったテリンデルのムーデルに頼まれて生贄の儀式に乱入したことだけは共通していた。
「……要するにお二人は悪魔を自称して世直しの旅をしているのでござるか?」
「違いますよ、ガレッド。お二人は主従で世界を見聞しながら悪い奴らを懲らしめているんですよ」
ガレッドとレンで解釈に差があったのも、決して二人の理解力が乏しかったからではないだろう。それほどシードとエルマの話は支離滅裂で現実味がなかった。
「大方そのとおりであっていますよ」
「馬鹿!勝手なこと言っているんじゃねえよ。あっているのは私が悪魔でお前が下僕ってところだけだ」
そんなこと言わないでくださいよ、とシードは笑って答えた。本当によく分からない二人だ。
ガレッドから見てシードは普通の少年だ。温厚で微笑のよく似合う、ガレッドとはおそらく正反対の性格だろう。
問題なのはエルマだ。勝気で言葉づかいも悪く戦闘的。しかも、自らを悪魔だと名乗っている。
世の中には冗談で自分のことを悪魔だと言う輩はいる。だが、エルマの場合は悪魔しか使えない黒魔法を見せたのだ。
『悪魔はこの世界にはいないはずだ。あれも幻術か何かだったのか……』
しかし、あの炎には熱を感じた。幻ならば熱は感じないはずなのだ。
仮に、百歩ほど譲ってエルマを悪魔だったとする。その悪魔がどうしてシードのような普通の少年と旅をしているのだろうか。その関係性も判然としない。
エルマはしきりにシードのことを奴隷だの下僕だの言うが、その言をシードは軽くあしらっている。どうみても仲のいい友人同士の戯れあいである。そのことがガレッドをさらに困惑させていた。
『生贄の儀式の黒幕ではないが、注意はしておく方がいいな』
現状では味方はレンしかいない。ガレッドはそう思うことにした。
「まぁ、これでお互いの素性は大よそ分かったわけだが、これからどうするんだよ?実は教会がこんな悪いことをしていましたと言い触らしにでも行くか?」
エルマは愉快そうに笑った。元聖職者であるガレッドとレンをからかっているのかもしれない。
「エルマ殿はどう致すつもりでござるか?」
「私は教会のクソどもが悪魔を騙って悪さをしていたことが許せねえんだ。だからそこのぼんくらを叩き起してどこのどいつか白状させてやるんだ」
エルマはガレッドが背負っている僧兵を指さして言った。
「確かに教会がこのようなことをしていたとなると座視できませんね」
ガレッドからは後ろ姿しか見えないが、きっとレンの表情は曇っていたに違いない。元聖職者として、ガレッドも同じ気分であった。
「いっそうのこと、総本山エメランスに乗り込んでは如何か?某、少々つてがござる故……」
教会の総本山エメランスには、ガレッドを僧兵にしてくれた恩人がいる。今ではかなり高位の司祭になっていると聞いている。彼ならば破門された身であっても会ってくれるはずだ。
「駄目です。それは」
レンが声を荒げた。驚いたガレッドは背負っていた僧兵を落としそうになった。
「嬢ちゃんよ。そこのおっさんが破門された経緯は聞いたけど、嬢ちゃんはどうなんだ?そんな小さい身なりで教会を追われたなんて尋常じゃねえぜ」
「エルマさん、そんな個人的なことを聞かなくても……」
シードが窘めるが、その点はガレッドも関心があった。レンが頑なに語らないので無理に聞き出すこともしなかったが、本心としては渇望するほどレンの事情を知りたかったのだ。
「私は……」
レンは言い淀んでいた。ガレッドは本心を押し殺して、助け船を出そうと思った。その矢先である。背負っていた僧兵がうめき声をあげた。
「起きたのか?さっさと降ろせよ」
エルマの興味が僧兵に移行した。ほっとしたガレッドは僧兵を背中から降ろした。
「おい!起きやがれ!」
シードから松明を奪い取ったエルマは、気を背もたれにして座らせた僧兵の腹に蹴りを入れた。
「エルマさん。暴力は……」
「あん?何言っているんだ、シード。こいつらが何をしようとしていたのか忘れたわけじゃないよな。腹に蹴りを入れられるぐらい、こいつらの悪行に比べたらお母ちゃんの頬ずりみたいもんだぜ」
と言ってもう一度エルマは僧兵に蹴りを入れた。
「ごふっ……」
僧兵が咳き込みながら薄らと眼を開けた。すぐさま自らが置かれている事態を把握したのか、顔面が蒼白になった。
「お、お目覚めだな。てめえら……」
「クエン。そなたが何をしていたのか、分かっておるのか?」
ガレッドはエルマを制するように僧兵クエンに話しかけた。
「ガレッド……」
「魔獣を騙り、若き娘を連れ去っていたのだろう。誰の差し金か?」
「へへ……。汚泥の中に清き水を好む魚は住めないってことだな」
クエンはそう言うと、口から大量の血を吐きだした。そのまま一言も発せず、地に倒れた。
「けっ。舌を噛み切りやがったか」
エルマが面白くなさそうに呟いた。レンとシュレナは顔をそむけていた。
「でも、これではっきりとしたな。ドノンバにいる司祭連中が黒幕だ。おい、シード。ドノンバに戻ってひと暴れと行こうじゃないか」
「そうですね。でも、もう過激なことは駄目ですよ」
ひと暴れについては否定しないらしい。やはりこの二人、よく分からない。
「ひとまず村に戻りましょう。事の顛末を村の人に告げねばなりませんし、休息もしないと」
そうだな、とレンの提案をエルマは素直に受け入れた。
ホーランに戻ってみると、村の様子が騒々しかった。村人達が外に出て右往左往している。先に村に戻った連中が魔獣エルビドラクーンが出現したことを触れまわっているのかもしれない。
「ガレッド。皆さんに早く事情を説明しましょう」
「そうでござるな」
その矢先、先に戻っていたトッドがガレッド達を見つけて駆け寄ってきた。
「トッド殿。慌てられるな。あの魔獣は幻術でシュレナ殿はこのとおり……」
「じいさんが……じいさんが……」
トッドがうわ言の様に繰り返した。無事に帰ってきたシュレナのことも目に入っていないらしい。ただ事ではないと感じたガレッド達は、トッドに導かれるままマシューの家に急いだ。
マシューの家の周りにはすでに人だかりができていた。それをかき分け中に入ると、机の上に突っ伏したマシューとそれに寄り添い泣き崩れているマシューの妻がいた。それだけで何が起こったか察することができた。
「ばあさんの話によると、俺達が出発してからすぐ、目を離したすきにこれを飲んだらしい」
トッドが机の上に置いてあった小瓶を取り上げた。レンが受取り臭いをかぐと、毒ですね、と断言した。
「おじい様!」
シュレナが事切れているマシューに縋りつき泣いた。その光景を見てガレッドは呆然とし、気分を暗くした。
『自分は何を救えたのか……』
シュレナは確かに救えた。またホーランを始めてとする村々を悪しき因習から救うこともできた。しかし、マシューは自ら命を絶った。きっとマシューだけでないだろう。生贄儀式の黒幕が誰かを知るであろう村長達がその事実を秘めたまま挙って命を絶った可能性がある。出発前のマシューの姿を見ていると、そう思えてならなかった。そして、それが現実に起こったことをガレッドは後に知ることになる。
『長きに渡り、悪事に染めてきた彼らも救えねば意味がないではないか……』
まただ、とガレッドは悔いた。救いたいが故に救えなかった命。ガレッドの脳裏には忘れえぬあの少女の姿が焼き付いて離れなかった。
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