元聖職者は己を信じ決着をつける

元聖職者は己を信じ決着をつける①

 「翼竜だと……」


 自らを怖いもの知らずだと思っていたガレッドだったが、流石に恐怖を感じた。本当に魔獣がいたとは……。


 ホーランの男達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。


 「マーカイズ殿……」


 レンがガレッドの手を握ってきた。強く握り締めながらも、微かに震えていた。


 「貴様らが呼んだのか?」


 ガレッドは叫んだ。しかし、エルマとシードとかいう少年も驚いた様子で上空を見上げていた。


 「ああん?そんなわけねえよ。私の趣味はあんな下品じゃねえよ」


 エルマは否定しながらも恐怖している様子はなかった。それはシードも同様で、何か不思議な物体でも見ているような顔をしていた。


 「エルマさん、あの人達は生贄の儀式を仕掛けた悪者じゃありませんよ」


 「お前がどういう根拠でそう言っているのか知らんが、どうやらそうらしいな。あんな化け物、普通のおっさんと小娘が召喚できるはずがない」


 「召喚?どういうことでござるか?」


 「ああん?文字通り召喚だよ。あいつは人間世界に居ついた魔獣なんかじゃねえ。召喚された使い魔だ」


 「使い魔だと……」


 悪魔が使役するという異形のもの、使い魔。ガレッドは書物の中でしか知らない存在である。俄かには信じられないことだが、このエルマとかいう少女、どうしてそう言い切れるのだろうか。


 「エルマさん。じゃあ、あいつを召喚した悪魔が何処かにいるということですか?」


 「当たり前だ。あんなでかいのが木の股から勝手に生まれるわけないだろう!」


 エビルドラクーンが着陸した。ずんと地響きがし、地面が揺れた。


 「下がっていろ、シード、おっさん!」


 再び炎を腕に宿したエルマがエビルドラクーンに突撃していった。そして尋常ではない跳躍を見せ、エビルドラクーンの顔の高さまで飛んだ。エルマはエビルドラクーンの眉間に目掛けて拳を叩き込もうとした。


 「あ、あれ?うわぁぁ!」


 エルマの拳はエビルドラクーンを通り抜けた。エビルドラクーンの体が半透明になり、エルマの体がエビルドラクーンの像の中を落下していく。エルマはイタッと声を上げて尻餅をついた。


 「エ、エルマさん。大丈夫ですか?」


 シードが駆け寄る。シードの体もまたエビルドラクーンを通り抜けていく。当のエビルドラクーンは何事もなかったかのように地上を睥睨している。


 「これは一体……」


 ガレッドは何が起こっているのかまるで分からなかった。


 「幻術……ですね」


 レンが言った。聞きなれぬ言葉だったのでその意味を問おうとした時であった。茂みから物音がするかと思ったら、四騎の騎馬が茂みから躍り出てきた。ガレッドはその姿を見て絶句した。あまりにも見慣れた、そしてかつて自らも纏っていた衣装を彼らは身についていた。


 「僧兵だと!」


 四騎のうち二騎がこちらに向かってきていて、残りがエルマとシードの方に駆けている。ガレッドはすかさずレンの前に立ち、槍を僧兵達に向けた。かつての同胞に槍先を向けることに躊躇いはなかった。やはりこの生贄の儀式には教会が絡んでいたのだ。そう思うと自分が恥ずかしくなると同時に、やり場のない怒りがどっと湧き出てきた。


 「ん?あれはガレッド!」


 接近してきた僧兵のひとりが声をあげた。顔面全体を覆う仮面をしているので誰かは分からないが、ガレッドの知る人物なのだろう。


 「馬鹿者!ええい!皆殺しにしろ!」


 もうひとりの僧兵がおよそ聖職者らしくない言葉を発した。いや、もはや彼らは真の意味での聖職者ではない。聖職者の皮を被った悪魔なのだ。


 「どおぉぉぉぉ!」


 先頭を行く僧兵が槍を槍を突き出してきた。相手は騎馬に乗っていて勢いがついている。しかし、ガレッドはその一撃を軽々と跳ね除けた。その衝撃で相手は槍を落としたまま、ガレッドの傍を駆け抜けていった。


 「馬鹿な!」


 相手は驚き、槍を拾おうと馬の方向を変えようとした。その隙をガレッドは見逃さなかった。すかさず騎馬に近寄り、馬の前足を槍でなぎ払った。


 馬が悲鳴をあげ、横倒しに倒れた。当然、騎手たる僧兵は落馬した。そのまま槍先を喉元に突き立ててもよかったのだが、いろいろと事情を聞かねばなるまい。槍の柄で鳩尾を一突きし、気絶させた。


 「きゃぁっ」


 安心する暇もなく、レンの悲鳴がガレッドの耳に届いた。もうひとりの僧兵が下馬し、レンの首元に短刀を突きつけていた。


 「おのれ!どこまで外道な!」


 「槍を置け!ガレッド!」


 僧兵は声を震わせ叫んだ。明らかに緊張しているのが手に取るように分かった。対して最初は悲鳴こそあげたレンではあるが、至って冷静な眼差しでガレッドを見つめていた。


 「誰かは知らんが、かつて某と同胞だったと見受けられる。聖職者としてこれ以上罪を重ねるな」


 「黙れ!破門された身が偉そうに言うな!槍を置け!」


 相手は激している。意に沿わなければレンの身が危うい。そう判断したガレッドは槍を地面に置いた。


 「ガレッド!いけません!」


 レンは叫んだ。黙れ小娘、と僧兵がレンを突き倒した。今度はガレッドが激する番であった。地面に置いた槍を足を使って巧みに拾い上げたガレッドは、そのまま槍を僧兵に向かって投擲した。槍は僧兵の胸を貫いた。僧兵は一言も発することなく前のめり倒れ、ついに起き上がることはなかった。


 「レン殿!ご無事か!」


 ガレッドはレンに駆け寄った。レンは首元を押さえながらも大丈夫です、と言って立ち上がった。ガレッドは、ふっと安堵のため息を漏らした。


 「ふふ。名前で呼んでも『殿』がつくんですね」


 「あ、いや。それは……某も名前で呼ばれたので……つい……」


 ガレッドはレンが名前で呼ばれたことを怒っているのだと思った。しかし、レンは続けざまに、そういうことじゃありませんよ、と微笑んだ。


 「ところであのお二人とシュレナさんは?」


 とレンに言われ、ガレッドははっとした。ついついレンを助けのに夢中になっていて、エルマとシードは兎も角シュレナのことをすっかりと忘れていた。ガレッドはその姿を捜した。


 シュレナは無事のようで、神輿の傍に座り込んでいて、ガレッドの視線に微笑を返してきた。エルマとシードも無事だったらしく、こちらへ歩いてくるのが見えた。しかし、残った二人の僧兵の姿はなく、二頭の馬は足を痙攣させながら倒れていた。


 「くっそ!シードの奴が邪魔するから逃げられてじゃねえか」


 「駄目ですよ、エルマさん。人を殺してしまうより殺さない方がいいんですから」


 「でもよ。そこのおっさんはやっているじゃねえか」


 なぁ、と妙な同意を求めてきたエルマ。ガレッドは何も応えられず、改めて人を殺してしまったのだと思った。つい数日前レンを守るため盗賊を殺し、そして今日もまた殺してしまった。誰かを守るためとはいえ、こうも立て続けに殺生を繰り返してしまうとは……。ろくな死に方はできないな、とガレッドは僧兵から槍を抜いた。


 「さてさて、これでお互いの疑いは晴れたわけだ。このくだらない儀式の黒幕は、お前らがありがたがる教会の面々だったとはね。こいつ、気絶しているんだろう?白状させてやろうぜ」


 エルマが嗜虐的な笑みを浮かべ先ほどガレッドが気絶させた僧兵に近づき、仮面を蹴って外した。


 「ガレッド。見知った顔ですか?」


 「間違いござらん。ドノンバにいた元同僚でござる」


 「あん?おっさんの知り合いなのか?お前ら何者なんだよ?」


 「それはこちらの台詞でござるよ。そなた達は何者でござるか?」


 ガレッドの逆質問にエルマとシードはお互い首をかしげた。


 「世直しの旅をしている者です」


 「馬鹿、違うよ。悪魔とその従者だ」


 シードとエルマは口々に違うことを言った。今度はガレッドとレンが首をかしげる番であった。

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