元聖職者達は悪しき風習に立ち向かう⑦

 日はすでに落ちてしまった。


 ホーランは山間の集落なので、太陽が地平線に沈むよりも早くに暗くなるのだが、今日ばかりは違っていた。村の至る所に篝火が焚かれ、明るさだけで言えばまるで昼のようであった。


 ガレッドは神輿の担ぎ手に紛れるため、それ用の装束を着せられた。僧兵が着る法衣に似ていて、ついこの間破門されたばかりなので何やら気恥ずかしかった。


 レンも生贄の付き添いに紛れることになった。教会の巫女に似た装束を着ていて、こちらもついこの間まで教会の聖職者だったためか着姿が板についていた。


 「マーカイズ殿。流石似合っておられる」


 「キレイス殿も。良き巫女ぶりでござるな」


 と言うと、レンは頬を赤らめ俯いた。


 「さて、刻限になったな……」


 天上の星を眺めていたマシューが集まっている人々に宣言するように言った。


 「事ここに至ってはわしは何も言わん。トッド、村の将来を担うお前の好きにするがいい」


 マシューは、担ぎ手の長に選ばれたトッドに言った。トッドは深く頷いた。


 「マーカイズ殿、キレイス殿。わしはあなた方が単なる旅の人とも思えずいる。天使様の使いか、はたまた悪魔の使者か判断がつきかねておる。だが、どちらにしろ、我々は新たな扉を開かなければならない時が来ているようだ」


 次にマシューは、ガレッドとレンの前に来てそう言った。この時、マシューも共犯者ではなのかという疑問をぶつけようとしたが、他の村人の目もあるので言うことができなかった。


 「マシュー殿。教会は天帝と天使の言葉を地上世界において代弁する機関でしかありません。人の心を平穏にし、道徳的な秩序をもたらしますが、人を救うことはしません。人を救えるのは唯一人だけなのです」


 それをお忘れにならないで下さい、とレンが言うと、マシューはううっと嗚咽を漏らした。レンは、暗にマシューが生贄儀式の黒幕と共犯ではないかと鎌をかけたのだろう。マシューの様子を見ていると、限りなく黒に近いが気がした。


 「では、皆さん、よろしくお願いいたします」


 小屋の中からレンと同じような巫女の装束に着替えたシュレナが出てきた。普段の時から美しい女性だと思っていたが、今はさらに美しく見えた。シュレナは、集まった人々に丁寧に頭を下げながら神輿に乗り込んだ。その瞬間、ガレッドと目が合い、優しく微笑みかけてくれた。ガレッドは思わず見蕩れてしまった。


 「行きましょう、マーカイズ殿」


 レンがぐいぐいと袖を引っ張った。儀式を前にしてかレンの表情はいつになく強張っていた。




 シュレナを乗せた神輿は、村を出て山道を登っていく。かつてテドンという村があった場所に石の祭壇が設けられていて、そこに神輿を置いてくるだけである。


 それだけの儀式の割に随行する人員は多い。神輿の担ぎ手は四人。その中にガレッドも交じっている。神輿の周りには巫女が四人。さらに騎士に扮した男達が四人、神輿を守るように前後を歩く。そのうち前を歩く男達の手には松明が握られていて、夜道を照らしている。


 「いかにも仰々しいでござるな」


 「儀式とは仰々しく見せるものですよ」


 ガレッドが呟くと、前を歩いていたレンが応じた。


 「お二人とも、そろそろですよ」


 先頭を歩くトッドが言った。それを合図にガレッドはトッドと担ぎ手を交代し、レンと一緒に隊列を離れた。森の中に入り、祭壇がよく見える位置まで移動する。ガレッド達だけではない。すでにテドンの跡地を囲むようにホーランの屈強な男達が武装して待機していた。


 間を置かずして神輿がやってきた。松明の火が祭壇周りの火台に移つされ、周囲を明々と照らす。石を積み上げて作られた腰の高さぐらいの段があり、そこに神輿が置かれた。担ぎ手と巫女達が神輿から離れていく。


 「いよいよでござるな……」


 何も起こらなければいい。何も起こらず、このまま朝を迎えられればシュレナは無事で、悪しき因習もそこで終了する。そうなって欲しいと祈りながら、ガレッドは固唾を呑んで見守る。


 「マーカイズ殿。あれ」


 レンが声を潜め身を寄せてきた。祭壇の奥、かつては民家か何かだったのだろう廃屋の戸が開いた。中から二つの人影が出てきて、神輿へと近づいていった。


 「やはり……」


 生贄の儀式は人為的なものだった。魔獣エビルドラクーンなどどこにも存在していなかったのだ。ガレッドは湧き上がった怒りを抑えることができなかった。


 「おのれ!」


 「マーカイズ殿!まだ……」


 レンが制止するのも聞かず、ガレッドは飛び出した。手に村で借りた狩猟用の槍が握られていた。


 「外道ども!そこを動くなよ!」


 近づくにつれ人影がはっきりとしてきた。男女の二人組だ。しかも、両方とも若かった。ガレッドが槍を振り回し迫ってきても、逃げ出すわけでもなく、かと言って迎え撃つ様子もなく、ただ唖然としていた。


 「あん?お前らが犯人かよ!」


 女のほうが言った。犯人?どういうことだ?


 普段のガレッドであったら、この時点で冷静に考え直しただろう。しかし、完全に頭に血が上っていたガレッドは、問答無用とばかりに槍を振り下ろした。


 「だぁぁぁぁっ!」


 「やる気ってか?上等だ!」


 渾身の一撃を女が軽々と受け止めた。ガレッドは度肝を抜かれた。同時にやはりこいつらは只者ではないと思った。


 「貴様……。やはり異形の者か?」


 「なんて馬鹿力だ……。こいつ、人間か?」


 女が槍を掴んでいる手に力を入れた。みしみしと槍の柄が軋む音が聞こえる。人のことを馬鹿力とかよく言えたものである。


 「マーカイズ殿!」


 レンが茂みから出てきた。それに合わせて待機していたホーランの男達もぞくぞくと姿を見せた。


 「ちいっ!仲間がいやがった。やっぱりとんだ茶番だったぜ」


 「エルマさん。たぶんこの人達は・・・・・・」


 それまで一言も発せず成行きを見守っていた男が口を開いた。


 「シード、下がっていろ!この腐れ悪魔どもぶっ飛ばしてやる!」


 「おのれ!人のことを悪魔呼ばわりするとは!貴様らこそ悪魔であろう!」


 ガレッドは、強引にエルマと呼ばれた女の手から槍を引き抜いた。後ずさりしてエルマとの距離をとる。


 「マーカイズ殿、落ち着いてください」


 「キレイス殿、下がっておられよ。方々もだ。この女、只者ではない」


 「只者じゃねえとか悪魔とかがたがたうるさいんだよ!そんなに言うのなら見せてやるよ」


 エルマが右の拳を突き出すと、右腕に纏わりつくように炎が発生した。離れた場所からでも熱を感じるから紛れもなく本物の炎だ。幻術や奇術の類ではない。


 「あれは黒魔法……。じゃあ、あの人は本当に悪魔……」


 レンが独り言を聞くまでもなく、ガレッドにも分かっていた。エルマが操っているのは明らかに黒魔法だ。天使が使う白魔法と対極をなす攻撃的な魔法。それを操ることができるのは悪魔しかいないと言われている。


 「だが、悪魔は天帝の封印によって閉じ込められているはず……」


 「世間ではそう言われているらしいな。でも、お前が知っている世界が本当の世界の全てではないんだぜ」


 観念しな、とエルマが炎を纏った腕をぶんぶんと振り回して近づいてくる。いかに力自慢のガレッドでも、黒魔法を操る悪魔に勝てる気はしなかった。こうなったらレンとホーランの村人達だけでもここから逃がさないと……。


 「マーカイズ殿!」


 不意にレンが声を上げた。間髪容れずに上空から押さえつけるような突風が吹き荒れた。


 「な、何だよ?」


 エルマも驚きの声を上げていた。篝火が点されていた火台が音を立てて倒れていく。


 「シュレナ殿!神輿から出られよ!」


 ガレッドは叫びながら上空を見上げた。長大な体躯をした翼竜が大きな翼を動かしながらゆっくりと降下してくるのが見えた。

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