元聖職者達は悪しき風習に立ち向かう⑥

 時間だけが刻々と流れていった。


 昼頃、生贄となるシュレナを乗せる神輿が村の中央に引き出され、装飾が取り付けられた。華美な装飾で、これが収穫を祝う祭礼に用いる神輿ならば、取付けをしている女達もお喋りでもしながらにこやかに作業を進められるのだろうが、会話など一切なく誰しもが暗い顔をしていた。


 この間、ひと悶着があった。テリンデルとカノピ両村の村長が村人達を連れ、抗議にやってきたのだ。ガレッドが数えている限りではこれで三度目である。当然、生贄の儀式を妨害しようとしているホーランの人々の企みを阻止するためである。


 「考え直せ、マシュー。お主等は怪しげな旅人に担がれておる。もし無事に生贄を捧げることができず、我々の村が焼き払われたらどうする?」


 とマシューに詰め寄ったのはどっちの村長だろうか。それにしても怪しげな旅人とは……。ガレッドは遠く離れたところで聞きながら苦笑してしまった。


 そうだそうだ、とテリンデル、カノピの村人達が口々に言う。マシューは何も言わず、苦しげな表情で首を振るばかりであった。


 「こうなったらやはりシュレナを閉じ込めておくほかないぞ!」


 と誰かが口走った。それを聞いたホーランの村人達がそうはさせまいと集まってきた。両者にらみ合い、一触即発の雰囲気になってきた。


 「止めねば!」


 ガレッドは仲裁に入ろうとしたが、レンに袖を引っ張られた。


 「ここでマーカイズ殿がいけばさらにややこしくなります。何しろ私達が元凶なのですから」


 「しかし……。このままでは乱闘に発展し、本当にシュレナ殿が攫われるかもしれませんぞ」


 「その方がいいかもしれませんね」


 「キレイス殿!」


 「冗談です。でも、いつもと違った様子の方がいいかもしれません。私達の推測どおり、生贄の儀式が人為的に仕組まれたことなら、黒幕の誰かがこの様子をどこかで観測しているはずです。そうなれば、いつもと異なる行動に出るかもしれません。あるいは生贄の儀式そのものを中止してくるかもしれません」


 「なるほど……。しかし、そうなれば黒幕どもが報復してくるかもしれませんぞ」


 「私が引っかかっているのはそこなんです」


 「どこでござるか?」


 「生贄を捧げなければ村を焼き払われる。二十年前にエビルドラクーンとやらがテドンの村を焼き払ったと言われています。その事実があるからこそ村人達はずっとエビルドラクーンを恐れ生贄を捧げてきました。しかし、それが事実なのでしょうか?」


 ガレッドは息を呑んだ。確かにレンは、最初にマシューからその話を聞いた時も怪しいと言っていた。それはつまり……。


 「二十年前の出来事は嘘八百で、マシュー殿たちも共犯者だと申されるのか?」


 「マシュー殿だけではありません。他の村の村長もそうではないでしょうか?確証はありませんが……。マシュー殿の様子を見ていると、そう考えてしまうのです」


 「どういうことでござるか?」


 「マシュー殿は、最初私達の計画に反対でした。それでも最終的には同調してくれました。これはシュレナ殿がマシュー殿の孫だからではないでしょうか?」


 「実の肉親だからでござるか……。ならばマシュー殿は、他の娘ならばいいと考えておったということですな」


 「そういうことでしょう。でも、それを攻めてはなりませんよ。きっとマシュー殿も苦しかったはずです」


 ガレッドは大勢の村人達が言い争う中、じっと無言で耐えているマシューの姿を見た。やはり捨てて置けない。ガレッドが仲裁に入ろうとした時、ようやくマシューが口を開いた。


 「もう止そう。このままこんなことを続けてきていいはずがない。誰かがどこかで終止符を打たねばならんのだ」


 マシューの語気には有無を言わさせない凄みがあった。あるいは共犯とレンが想像している二人の村長に言い聞かせているのかもしれない。


 レンの想像は当たっているかもしれない。二人の村長は、互いに悲壮感漂う顔を見合わせた。


 「マシュー。わし達はどうなっても知らんぞ」


 「罰が下るのはホーランだけであって欲しいものだ」


 二人の村長は次々に言うと、諦めたのかマシューに背を向けて帰っていった。気を削がれたテリンデル、カノピの村人達も、ぶつぶつと悪態に近い文句を漏らしながら自分達の村へ帰っていった。


 「何とか大事にならなかったようですな」


 「そうですね。さて、準備を進めましょうか」


 時間もあまりないことですし、とレンは空を見上げた。天頂にあったはずの日が随分と傾いていた。

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