元聖職者達は悪しき風習に立ち向かう⑤

 生贄の儀式が行われる当日の朝。気分が高ぶっていたガレッドは早々に目覚めてしまった。


 『あまり大したことはできなかった……』


 ガレッドは昨日一日の行動を思い出し悔いた。


 村人達と共に墓を作りに行った後、ガレッドとレンは、村人達から儀式についての情報を集めた。しかし、有意義といえる情報は乏しく、ガレッド達が一番知りたかった儀式の黒幕が何者であるかを明確にすることはできなかった。


 『黒幕が何者であるか分かれば先手を打つこともできるのですが……』


 レンは下唇を少しかみ締めながら悔しそうに唸っていた。結局、考えてばかりでは先に進まないということで、今夜行われる儀式にガレッドとレンが直接乗り込むということになった。


 『それも果たして上手いこといくかどうか』


 ガレッドは、ここにきて消極的になっていた。昨夜、村人達と儀式当日の打ち合わせをしている時に、怒鳴り込んできたシュレナの許婚ムーデルのことを思い出した。


 ムーデルは生贄となるシュレナの許婚であるにも関わらず、ガレッド達が儀式を阻止しようと知ると、自分は決心をしたのにどうしてそんなことをするんだと怒鳴り込んできたのだ。


 一昨日ムーデルは、シュレナが生贄になることに反発していた。しかし、そのムーデルでさえ、村に帰って宥められたのか、村という集落が抱えている因習に捕らわれてしまったのだ。ホーランの人々が一枚岩になったのは奇跡的と言ってもいい。


 だが、他の村の人々は必ずしもそうではなかった。こんな状況で事が上手く運ぶかどうか疑問であった。


 『それでもやらねばなるまい』


 気を引き締めようとガレッドは自分の頬をぴしゃりと叩いた。レンには言っていないことだが、ガレッドはこの儀式の黒幕が教会の人間ではないかと睨んでいた。


 理由は単純である。教会の司祭の真似などそう簡単にできるわけないし、腐敗しつくしたサイラス領の教会ならば、どんな悪事を犯してもおかしくないからだ。


 『某が人を救うなどおこがましい話だが、これ以上悪事を野放しにし、人が悲しむ姿を見たくはない』


 窓越しに井戸から水を汲んでいるシュレナが見えた。生贄としてどうなるか定かではない運命を背負っているのに、穏やかな表情を浮かべている。あの穏やかさを失わせるわけにはいかなかった。


 桶を抱え歩き出したシュレナと目があった。シュレナはにこっと笑いながら頭をさげた。ガレッドも頭をさげながら窓を開けた。


 「おはようございます。重たいでしょう。某が持ちます」


 「いえ、そんな……」


 シュレナは戸惑いを見せたが、ガレッドは構わず窓を乗り越え外に出た。本当に大丈夫ですから、と言うシュレナから桶を奪うように受け取ると、桶の中の水が揺れて水滴が撥ねた。


 「あ、申し訳ござらん」


 「いえ、大丈夫です」


 シュレナは、ふふっと笑った。その笑みにわざと明るく振舞おうとしている素振はまるでなかった。


 「シュレナ殿。どうしてあなたはそこまで気丈でいられるのですか?今夜、生贄になってどうなるか分からない身であるのに……」


 ガレッドは、不躾な質問をしていると思った。しかし、かつてガレッドが救えなかった少女とシュレナの姿がだぶって見え、思わず問わずにはいられなかった。


 シュレナは一瞬、ガレッドの質問の意図を解しかねるように目を丸くしていたが、やがて得心したかのように笑みを漏らした。


 「本当ですね。自分のことなのにどこか他人事のような気がしています」


 おかしいですかね、と問われたのが、ガレッドは何も返せなかった。


 「私ひとりの身を犠牲にして村が守られるのならそれもいいかな、と思うんです。ほら、こんな田舎でしょう?このまま生きていても、この村から出ずに誰かと結婚をして年老いて一生を終わる。そんな人生よりも多少なりとも有意義な方がいいかなって思うんです」


 「ムーデル殿はどういたす?許婚なのでござろう?その……愛しておられぬのか?」


 「ムーデルのことは愛しています。でも、ムーデルとのこと以上に大切なことがあると思っています。ムーデルもそれが分かっているからこそ、昨晩はあのように言ってきたのだと思います」


 それが本当にシュレナの本心なのだろうか。いや、本心であろうとなかろうと、シュレナが不憫でならなかった。


 「そのようなことを仰るな。安心してくだされ。某達がお守りいたす」


 シュレナは穏やかな笑みを浮かべ、ありがとうございます、と言った。


 水の入った桶を台所まで運んだガレッドは、踵を返して井戸に戻った。井戸端にはレンがいて、井戸から汲んだ水で顔を洗っていた。


 「おはようでござる。キレイス殿」


 「……おはようございます」


 手拭で顔を拭くレンはか不機嫌そうであった。レンにしては珍しい表情である。


 「どうなされた?まだ眠とうござるか?」


 「人を子供みたいに言わないでください」


 レンはさらに不機嫌さを増したような顔をぷいっと背けて行ってしまった。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。ガレッドは疑問に思いながらも、ひとまず顔を洗うことにした。

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