元聖職者達は悪しき風習に立ち向かう②

 ガレッド達が案内された家には多くの村人がいた。家の大きさには比べて明らかに過剰な人数なので、何か集会でもしていたのだろう。彼らは突然の訪問者に一瞥をくれながらも、興味なさそうにすぐに視線を外した。いずれもトッドや老人同様悲しげであった。


 「トッド殿。立ち入ったことをお聞きするようで恐縮ですが、どなたか亡くなられたのですか?もしそうであるならば、我らも祈らせていただきたい」


 ガレッドはこの村の沈鬱な空気の原因をそう察した。そうでなければ村人が揃ってこんな悲しげな雰囲気に沈むはずがあるまい。


 「それは……」


 「あ、いえ。申し上げにくいことであれば、その……」


 「私からお話しましょう」


 「おじい様……」


 「私はこの村の村長のマシューと申します。あれは孫のトッドです」


 まぁお掛けください、とマシューが勧めるのでガレッドとレンは椅子に座った。そこへ老女がスープの入った木椀を二人の前に置いた。老女は今にも泣きそうに瞳に涙を溜めていた。


 「この辺りに我がホーラン以外に二つの村があります。カノピにテリンデル。この三つの村は集落としては独立していますが、まぁ、ひとつの共同体みたいな関係にあります」


 その知識についてはガレッドは知っていた。だが、素性を知られないためにも黙っておくことにした。


 「しかし、実はここから北へ行った所にもうひとつ村があったのです。テドンという村です」


 それはガレッドの知らないことであった。


 「あった、ということは……」


 と口を開いたのはレンであった。彼女はまだスープに手を付けていなかった。


 「お嬢さんのお察しのとおりです。テドンは一夜にして消滅してしまったのです。魔獣エビルドラグーンに」


 「魔獣ですか?」


 「はい。竜の姿をした魔獣です。奴によってテドンは焼かれてしまったのです。今から二十年前のことです」


 マシューという老人はその事件を実体験しているのだろう。声が震えていた。


 「エビルドラグーンは、焼き尽くした直後のテドンに居座り、残った三つの村の人々に要求したのです。年に一度、生娘一人を生贄として差し出せ。そうすれば他の三つの村は助けてやると」


 「馬鹿な!」


 ガレッドは思わず立ち上がって叫んだ。生贄などという風習が今の時代に残っているなどと信じられなかった。


 「マーカイズ殿」


 レンがガレッドの袖を引っ張った。ガレッドはレンに促されるまま座った。


 「それで毎年、生贄を差し出しているのですか?」


 レンの口調にはマシューを詰問しているかのような力強さがあった。彼女なりに生贄という馬鹿げた風習に怒りを感じているのだろう。


 「はい。毎年、稲穂の月に三つの村から選ばれた娘をテドンの村があった場所に設けた祭壇に捧げます。エビルドラクーンが何処からともなく現われ、娘を攫っていくのです」


 ようやくこの村全体が悲しみに包まれている理由が了解できた。要するに今年はこの村の娘が生贄に選ばれたのだ。


 「今年は、我が村の……我が孫が……選ばれたのです」


 マシューは堪えきれず嗚咽を漏らした。


 「そうでござったか……。何とも申し訳ない時にご迷惑をおかけした」


 「やっぱり冗談じゃねえぞ!」


 突如、入ってくる時に見た人だかりの中から叫び声があがった。年若い男だった。一瞬、ガレッド達に対して言っているのかと思ったが、男はこちらを向いていなかった。


 「ムーデル、落ち着け。客人がおられるのだぞ」


 窘めたのはトッドだった。ムーデルと言われた男は、ばつの悪そうな顔をしながらも興奮は抑えられないようだった。


 「義兄さんは我慢できるのかよ!自分の妹が魔獣の生贄になるなんて!」


 俺は耐えられない、とムーデルは子供のように地団駄を踏んだ。


 「耐えられるわけがないだろう。でも、誰かが犠牲にならねば、三つの村は滅ぼされてみんな死んでしまう」


 「そのためにシュレナが犠牲に……くそっ!」


 「落ち着いて、ムーデル」


 人だかりからもう一人立ち上がった。今度は女性だった。ムーデルとは対照的にひどく落ち着き払っていた。


 「私はもう覚悟を決めたから……。これ以上、決心が鈍るようなことを言わないでちょうだい」


 「……くそっ!」


 ムーデルが女性に背を向け出て行った。女性は追おうとしたが、トッドに制された。


 「あの方が生贄になる女性ですか?」


 レンが躊躇うことなく訊いた。


 「はい。孫のシュレナです。トッドの妹で、今飛び出して言ったのはテリンデル村に住む許婚のムーデルです」


 マシューの声が聞こえたのか、シュレナがこちらを見て一礼した。その姿を見た時、ガレッドはややどきりとした。


 『似ている……いや、気のせいか……』


 ガレッドの脳裏から離れることがないあの女性の姿。一瞬、シュレナと彼女の姿がダブって見えた。しかし、よく見るまでもなく別の女性だ。ガレッドは頭を軽く振って、自らの幻想を追い出した。


 「ところで生贄なる女性はどうやって選ばれるのですか?まさか魔獣が指名してくるわけではないでしょう」


 レンの質問にマシューは明らかな戸惑いの色を見せた。それは、と口篭り、なかなか答えようとしなかった。


 「教会からの宣託ですよ」


 マシューに代わって答えたのはトッドだった。


 「トッド!何を畏れ多い!」


 「いいじゃないですか。本当のことなんだから……」


 「それは真実でござるか!」


 もしトッドの言っていることが真実だとすると、この生贄などという馬鹿げた風習に教会が関与していることになる。つい先ごろまで教会にいたガレッドはまるで知らぬことであったし、多くの司祭、僧兵も知らぬはずだ。


 「詳しく聞かせてください」


 レンもやはり教会の関係者なのだろう。少女らしからぬ射るような目をトッドに向けた。


 「トッド余計なことを……」


 「毎年、生贄を捧げる儀式が近づくと、高位の司祭が村を訪れて宣託して帰るんだ。今年の生贄はこの娘だと」


 マシューの制止にも関わらず、トッドは喋り続けた。彼もこの風習に対して強い反感を持っているのだ。


 「キレイス殿、これはおかしい。そのような話、某は聞いたことがありませぬ」


 「私もです。それに明らかな矛盾があります」


 「矛盾、ですと?」


 「はい。そもそも魔獣は獣です。人間を襲いますが、生贄を要求するような高い知性を持っていません。それに根本的な問題として魔獣は人語を解しません。マシュー殿が仰った二十年前の話はどうにも怪しいです」


 レイに指摘され、まさしくそのとおりだとガレッドは思った。


 「さらに言えば、どうして教会の司祭が魔獣の生贄にふさわしい女性を宣託するのです?教会の司祭であるのならば、魔獣を討伐すべきでしょう」


 最初は何事か反論しようと口を開きかけたマシューだが、レイの的確な指摘についには言葉を発することができなかった。


 「今までそのことに疑問を持たれなかったのですか?」


 ガレッドが問うと、トッドは情けない顔をして頷いた。


 「信心深い敬虔な人達を騙している者達がいるということですね」


 レンが悲しげに嘆息した。


 「あなた方は一体何者なのです?教会についてお詳しいようですが……」


 トッドが縋るような眼差しを向けてきた。この事態をどうにか打開する光明をきっとガレッドとレンに見つけたのだろう。


 「元聖職者でござる」


 「元聖職者です」


 ガレッドとレンは目を合わせながらそう言った。

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