元聖職者達は悪しき風習に立ち向かう

元聖職者達は悪しき風習に立ち向かう①

 レンと名乗った少女は、見た目よりも随分と大人びた感じがした。


 先ほども仲間だった者の遺骸を目のあたりにしても、悲しげな表情をするが、決して子供のように泣きじゃくることもなかった。その後の振る舞いを見ていても、落ち着き払っていて冷静であった。試しに年齢を聞いてみると、十二歳だと言う。まだまだ子供である。ガレッド自身の年齢を考えれば、自分の娘といってもおかしくない年齢だ。きっと成熟した大人達に囲まれた環境で育ってきたのだろう。


 しかし、不思議なのは、この少女がガレッドのことをいとも簡単に信じ、行動を共にしていることである。もしガレッドも、あの盗賊どものように悪人であったら、レンはどうなっているか分からないのである。


 「キレイス殿は、よく某を信じてついて来られるな。自分で言うのも恥ずかしいが、この風体、見るからに怪しいと思うのだが」


 松明のみが頼りの夜道。ガレッドは、レンが怖がらないように積極的に話し続けてきた。ついには話のネタがなくなり、そんなことを言ってしまった。


 「マーカイズ殿は、悪人なのですか?」


 機転の利く回答をするレンは、そう返してきた。ガレッドをからかっているのだ。


 「ま、悪人と言えば悪人でござるかな。某、実は教会を破門されてきたのです」


 レンが息を飲むのが分かった。ガレッドは素直に話してしまおうと思った。


 この世界において、教会の権威というものは非常に重い。教会に懐疑的で、天帝と天使を信奉しないものが集落において村八分にされることは珍しくなく、破門された聖職者などは人として扱われないこともしばしばあった。しかし、レンもどうやら教会に対して拒否感を持っているようだから、話してしまっても問題ないだろう。


 「まぁ、そのようなことが……」


 話し終えると、レンが深く嘆息した。ガレッドへの同情がにじみ出ていた。


 「信じていただけるのでござるか?」


 「近年の教会の腐敗ぶりを知らぬ者はおりません。正しき者が去り、悪しき者が残る。それが今の教会です」


 「ひょっとしてキレイス殿も、教会の関係者でござるか?」


 レンが急に黙りだした。聞いてはいけない質問だったか。


 「も、申し訳ござらん。その、無神経な質問をしてしまったようで……」


 「いえ、詳しくは申し上げられませんが、私も、先ほどの者達も、教会の人間でした」


 元がつきますが、とレンが続けた。


 「そうでござるか。ならば我らは似た者同士でござるな」


 「ふふ、そうかもしれませんね」


 レンは悲しそうに小さく笑った。




 ガレッドとレンが進む道は、やがて山道へと変わっていった。ガレッドの記憶が正しければ、この先に三つの村があるはずであった。ホーラン、カノピ、テリンデル。いずれも信心深い村としてサイラス領では有名であった。


 「信心深い所ならば、私達を歓待してくれないのではないですか?寧ろ、追い返されるか、教会に通報されるかもしれません」


 レンは言葉を選んで話しているつもりだろうが、ガレッドには通報という言葉が引っかかった。まるでレンが教会に追われているような発言である。


 「その心配はないでござろう。田舎の村々は、情報が行き渡るのが非常に遅い。某が破門された情報も、一週間はかかる……いや、そんな情報すら入ってこないかもしれないでござるな。兎も角、一宿一飯ぐらいは与ることができましょう」


 「純朴な信者の皆さんを騙すようで心苦しいですが、背に腹は代えられませんね」


 レンは、ガレッドが驚くほど気丈であった。レンぐらいの年の子供なら、腹を空かせて泣き喚いても仕方ないはずなのに、大人のような台詞が自然と出てくるのである。この小さな少女の体の中に、どれだけの大人顔負けの気丈さが詰め込まれているというのだろうか。案外、教会でも高位の司祭か何かであったのかもしれない。


 「あ、何か光りました」


 レンが立ち止まり闇の先を指差した。仄かに炎が揺らめいているような気がした。


 「松明?いえ、篝火でしょうか?」


 篝火だろう、とガレッドは思った。もうすぐホーラン村が見えてきてもおかしくないと思っていた矢先である。しかし、こんな深夜に篝火とはどういうことだろうか。


 「村人がまだ起きているということでござろう。これで飯にはありつけそうですな」


 深夜の篝火を不審に思いながらも、ひとまず飯にありつける安堵感がガレッドの体内に広がった。教会から放逐されて以来、ほぼ飲まず食わずだったので、流石に腹が減っていた。


 それはレンも同様らしく、歩く速度が自然と速くなっていた。二人はほぼ駆けるように山道を登った。


 村の入り口には篝火が置かれていた。入り口だけではなく、集落内に点在するように篝火が置かれていたが、肝心の人の姿がまるで見えなかった。


 「なんと無用心な……」


 こういう辺境の集落らしい無用心かもしれない。第三者が訪れるなどまるで想定していないのだろう。


 「御免!誰かおられるか」


 うろうろしていると怪しまれるので、ひとまず村の門前で呼びかけてみた。傍にいたレンが耳を塞ぐほどの自慢の大音声である。村人が熟睡していても起こす自信はあった。


 「あ、誰か出てきましたね」


 奥の小屋から人が出てきた。やせ細った青年で、最初は何事かときょろきょろしていたが、ガレッド達を見つけると、訝しそうにしながらもこっちに歩いてきた。


 「何か御用ですか?」


 青年の声には元気というものがまるでなかった。寝起きというわけではなく、本当に魂魄を吸い取られたような、そんな感じであった。


 「某達、旅をしているのですが、道に迷ってしまって……。せめて一宿一飯でも世話になりたいと思ったのですが……」


 ああ、とため息のように漏らす青年。その様子からして尋常ならざる予感がした。


 「残念ですが他所を当たってください。我々は今、それどころではないのです」


 突然現れた旅人を疎ましく思っている素振りは微塵もなかった。本当にどうにもならざる事態に直面し、その他の事に関わっている余裕がない様子が感じ取れた。これでは盗賊の襲われた者達の埋葬はおろか、一宿一飯もありつけない可能性がある。


 「そうでござるか……」


 どうすべきだろうか。村人の事情は察するにしても、ガレッド達も困った状況にある。少なくとも腹を満たし、体を休めたい。


 「やむを得ません。他の村をあたりましょうか」


 レンの言葉にガレッドは頷いた。それしか方法はあるまい。


 「お待ちあれ。トッドよ。困った旅のお人を邪険にするものではない。『困難に直面した隣人には手を差し伸べよ』。天帝様の教えではないか」


 ガレッドも諦めかけた時であった。青年の背後から声がした。小柄な老人が杖を突きながら歩いてくるのが見えた。しかし、この老人もまた憔悴した様子であった。


 「しかし、おじい様……」


 トッドと呼ばれた青年が困惑顔で振り返った。青年の祖父らしき老人は、悲しげな眼差しをガレッド達に向けた。


 「旅のお方。大したもてなしはできませんが、明朝まではゆっくりしていってください。トッド、我が家に案内して差し上げなさい」


 「おじい様、家は……」


 「これも天帝様の思し召しだ。ここで善行を積めば、あの子にも天帝様の加護があるやもしれん」


 「……おじい様がそこまで仰るのなら……どうぞ」


 トッドの奥歯に何か挟まったような言い方は気になったが、今は彼らの好意を素直にありがたく思うことにした。それはレイも同じらしく、やや安堵した表情を浮かべていた。しかし、トッドと老人に先導されて歩いている最中、彼らに聞こえないように囁いた。


 「これはどうも尋常じゃありませんね。長居はできないかもしれません」


 レンの的確な分析に、ガレッドは頷くしかなかった。

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