元聖職者は理不尽な世を嘆く⑥

 エルマ達が入ったのは、食堂と言うよりも酒場であった。狭い店内には机が無造作に置かれていて、まだ早い時間にも係わらず、男女問わず人で溢れかえっていた。


 エルマは、隣席の客と肩がぶつかりそうな距離に不満ではあったが、出される料理はどれも抜群に美味であった。


 しばらくして隣の職人らしき男がエルマ達に絡んできた。まず素性を聞かれたので、帝都ガイラス・ジンにいる親戚を訪ねる旅をしている姉弟であると説明しておいた。


 「へぇ、まだ若いのに感心だな」


 職人らしき男はしきりに感心感心、と連呼していた。すると男と飲んでいた同い年ぐらいの中年女性がけらけら笑いながら口を開いた。


 「こいつの息子はね、兄さんと同じぐらいの年齢なんだが、勉強も仕事もせず、年がら年中ぶらぶらしてんのよ。とんだ穀潰しだよ」


 言うことから察するに、この男と女は夫婦ではないらしい。


 「ふ~ん。二人ってどういう関係?夫婦じゃないの?」


 最初は絡んできたのも煩わしいと思ったエルマだが、俄然興味が湧いてきた。


 「けえ、こんな女と夫婦なんて考えただけで虫唾が走るぜ」


 「それはこっちの台詞さね。私はこいつの雇い主だよ」


 どうやら女がこの職人を雇っているらしい。


 「へえ。お姉さんはギルドか何かの組長なんですか?」


 「お姉さんなんて嬉しいこと言ってくれるね。この兄さん、本当にできた子だよ。私はここら一体の建築関係の職人をまとめている元締め。こいつは腕はいいけど、飲んだくれで妻に逃げられた左官職人さ」


 一言余計だ、と男はぐいっと酒をあおった。


 「じゃあ、教会の建物を建てたのも姉さんのところなのかい?」


 エルマは、民衆が神聖視している建築物がこんな猥雑な場所で飲んだくれている連中によって建てられたかと思うととても愉快であった。


 「そうだよ。あの時は景気がよかったからね。教会もじゃぶじゃぶと金を使ってくれたさ」


 「じゃぶじゃぶね。それって民衆からの寄付とかだろう?」


 「当り前さ。だから私達みたいな人間に返してもらっているのさ。尤も、司祭連中なんて金勘定なんてできないから、使いたい放題さ」


 女は豪快に笑った。よほどいい思いをしたのだろう。


 エルマは、この男女に好感を持った。上辺だけの清貧を装おう司祭どもよりも、欲望に正直な奴らの方がよほど人として立派だと思えた。


 「でも、神託戦争以後、すっかり駄目だな。ろくな仕事が来なくなった。おかげで息子を学校へやれなくなった……」


 男が沈んだ声で言った。そのままの口調で酒のおかわりを注文した。


 「あんたには悪いと思っているよ。でも、こっちだって抱えている職人みんなに平等に仕事を振らないとさ」


 「分っているよ」


 男はため息を交えながら、鶏肉のソテーを頬張った。


 「どうだ、シード。この困っている人達を救ってみるか?」


 エルマは意地悪のつもりで言った。シードは困ったように顔をしかめた。


 「困っていると言えば、あれはどうなったんだろうね」


 女が唐突に切り出した。男がどうなったんだろうな、と宙を見上げながら応じた。


 「何の話ですか?」


 案の定、困っている人に飢えているシードが食いついてきた。


 「こっから北にある村……えっと、何て言ったかな?」


 覚えてねえよ、と男は給仕が持ってきた酒を一口飲んだ。


 「ああん、年を取ると物忘れが激しくなるね。ま、いいか。その村なんだけどさ、近辺に同じような村がいくつもあるんだけど、毎年、魔獣のために生贄を差し出すことになっているんだよ。今年はその何とか村から娘を差し出すことになったんだって」


 「生贄だぁ?」


 エルマは思わず声をあげてしまった。馬鹿馬鹿しい話だ。魔獣は特性上、人を襲うことはあるが、定期的に生贄を差し出させるということはしない。魔獣と言うのはそこまでの頭脳を持っていない。


 「そうなんだよ、笑っちゃう話だろう。今時、いくら信心深いとはいえ、生贄だなんてありえないだろう」


 女は笑うが、笑ってはいられなかった。エルマが考えるに、この話には確実に何か裏がある。


 「でも、当の村人達は至って真剣でね。だからこそ、困っているんだよ」


 その村の人達は、と言い終え、女は美味そうに酒を飲んだ。


 エルマは酒など味わっている場合ではなかった。この話が裏で悪魔が糸を引いているとすれば、座視できなかった。


 シードも似たようなことを考えているのか、真剣な顔でエルマのことをじっと見つめていた。

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