元聖職者達は悪しき風習に立ち向かう③
ガレッドとレンの発言によって場の空気が一転した。とりわけレンが指摘した矛盾点には反論できぬほどの整合性を持っており、誰しもが自分達は騙され続けてきたのではという疑念を生じさせていた。
「お、落ち着かれよ。教会の行いを疑うなどと……」
村長という立場のマシューは、騒ぎ始めた人々を宥めようとした。
「じゃあ、あのお嬢さんが言った矛盾はどう説明するんだ?俺の娘がとんだ詐欺で拐かされ、死んだかもしれないんだぞ!」
髭面の男がマシューに詰め寄った。この男もかつて娘を生贄に差し出したのだろう。激昂するのも無理なかった。
「マシュー殿。必ずしも教会の仕業とは限りません。何者かが教会の司祭を偽っている可能性もあります」
レンはそう言ったが、その可能性は低いのではないかとガレッドは思っていた。
僧兵という低い身分ながらも同じ聖職者として司祭達を十年近く見てきたから分かる。立ち居振る舞いなど、そう簡単に素人が真似ることなどできない。それにサイラス領の司祭など、帳簿を操作して横領しているような連中である。その他に何事か悪事を働いていてもおかしくはなかった。しかし、黙っておくことにした。ここはレンに任せた方がよさそうな気がしたからだ。
「元聖職者でも何でもいい!お願いだ!この生贄の風習が何者かの悪事だとするならそれを暴いてくれ!そうでなければ娘は浮かばれん!」
髭の男はその場で土下座をした。娘を生贄にしたことをよほど無念に思っていたのだろう。
「私からもお願いします。私も妹を、家族をこれ以上失いたくない」
トッドも土下座をした。それに習うように次々と集まっていた人々がガレッドとレイに対して土下座をしていく。残されたマシューは明らかに困惑していた。
「頭を上げてください、皆さん。こうしてお食事にありつけたことには感謝しますが、そのようなことを私達に頼まれまして……私達はただの旅人です」
「ご無理なことは重々承知している。しかし、生贄の風習が胡散臭いと見抜いたあなた方なら何とかできるかもしれない」
髭の男は決して頭を上げることなく、絶叫するように言った。
藁にも縋る思いとはこのことだろう。ガレッドはそう思った。この髭の男も、本気でガレッド達が何とかしてくれるとは思っていないだろう。ただ、娘を生贄に出すという風習が人為的な悪行だという疑いを持った以上、じっとしていられないだけなのだ。救ってやれたはずの命を救えなかった。その気持ちはガレッドも痛いほどに分かった。
「キレイス殿、某は何とか助力して差し上げたいと思うのですが……」
ガレッドはレンにだけ聞こえるような声で言った。それを聞いたレンは、やや目を丸くして驚いた様子を見せたが、すぐには口元を綻ばせ、それでこそマーカイズ殿です、と囁いた。
「分かりました。微力ながらお手伝い致しましょう。ですが、こちらもひとつお願いがあります。ここより南へ行った所で私の仲間が盗賊に襲われ殺されました。残念ながらその遺体がまだそのままになっています。ぜひそれらの遺体を埋葬してほしいのです」
と言うレンにはただならぬ威厳があった。品と言い換えていいかもしれない。引き換え条件とはいえ、村の人々はレンの願いを拒むことができないだろう。ガレッドは直感的に思った。
「それは災難でございましたな。容易いことです。日が昇ればすぐさま参りましょう」
髭の男の言い方が増して丁寧になっていた。レンの威厳がさせているのだろうか。
「バサル……。お主、何を勝手なことを」
マシューが髭の男に詰め寄った。しかし、バサルは動じなかった。
「村長。もうやめましょうや。あなただって、そこのお嬢さんが言ったことを否定できないんだろう?」
マシューは沈黙した。バサルの言うことが図星だったのだろう。
「我々は何者かに騙されていたんだ。悔しいし、情けない話だ。長年信じてきたものに裏切られるのは辛いが、これ以上無用な犠牲を出すべきではない」
そうじゃないか、とバサルが問いかけると、マシューは観念したように控え目に頷いた。
「でも、具体的にはどうするんです?」
声を発したのはトッドだった。レンは彼に視線を向けながら逆に問うた。
「儀式がいつ行われるのですか?」
「明後日です」
「となれば時間がありませんね。あまり調べている暇はない……」
レンは必死に思考を巡らせているようだが、その表情から疲労の色がありありと見えた。
「確かにそうでござるが、ここはひとまず解散いたさぬか?明朝には遺体の埋葬もお願いしないといけないし、某も眠とうござる」
ガレッドにそのつもりはなかったが、微かに笑いが漏れた。レンも眠気でとろんとした目をこちらに向け、微笑していた。
マシューの家の一室に泊めてもらったガレッドは、一睡もできずに朝日を迎えた。
全身にずしりとくる疲労感を引きずりながら部屋を出ると、手ぬぐいで顔を拭っているレンと出くわした。
「マーカイズ殿、おはようございます」
レンは溌剌としていて疲れなどなさそうだった。
「おはようでござる」
「朝食ができているようですよ。その前に顔を洗ってきたらどうですか?」
すっきりしますよ、と手ぬぐいを渡してくれた。
「そうでござるな……」
レンの屈託の無い笑顔を見ていると、疲れが体から逃げ出していきそうな気になった。
おかしなものだ、とガレッドは思った。自分の娘といってもおかしくない少女の笑顔にこれほどの励まされるとは、数日前までは想像もできなかったことである。寧ろ自分がこの少女を励ましていかないといけないのに……。
「どうしました、マーカイズ殿?」
「い、いや。顔を洗ってくるでござるよ」
訳も無く顔が熱くなってきたガレッドは、足早に井戸のある外へ出た。
朝食後、ガレッドとレンは村人達を引き連れ、惨殺事件の現場へと向った。昨晩目撃した状況と変わりなく、唯一異なる点があるとすれば、遺体を啄ばもうとする鳥がぐるぐると上空を飛んでいることであろう。
「ああ、こいつはひどい……」
バサルが正視に堪えないとばかりに目を閉じて唸った。他の村人達も同様らしく、中には嗚咽を漏らす者もいた。
「こんな田舎の集落近くまで賊が出没しているとは……。神託戦争からこの方、ろくなことがない」
トッドがそう嘆息すると、レンが目をそらすように俯いた。元教会の聖職者として神託戦争のことを言われるのは辛いのだろう。それはガレッドも同じであった。
「キレイス殿。気を落とされるな。あの戦争を始めたのは皇族、貴族どもです。教会ではありません」
ガレッドは励ますつもりで言うと、そうかもしれませんけど、と完全には納得できていない様子でレンは呟いた。
「さぁ、始めようか」
トッドが号令すると、鍬を持っていた男達が穴を掘り始めた。別の男達は近くにあった木を伐り、簡易ながらも墓標を作ってくれた。
ものの一時ほどで遺体はすべて埋葬された。簡素ではあったが、野ざらしにされるよりはましであろう。
「埋葬はしたがどうする?告別の祈りをするのか?」
バサルがこちらを見やった。死者を埋葬した後、司祭に祈りを捧げてもらうのだが、ホーランには司祭は駐在していない。だから、元聖職者を名乗ったガレッド達に目を向けたのだろう。
「某は聖職者といっても僧兵でござった。だから、その……儀式は……」
「私がやります」
レンが名乗り出た。私が不甲斐ないばかりに、と何事か悔いるようなことを言いかけて、墓標の前に跪いた。
「本来なら天帝の御言葉の中から告別に関する件を読み上げるべきなのでしょうが、今の私は教会の人間ではありません。なのでお祈りだけで、お許しいただきましょう」
両手を組み、目を閉じて祈りを捧げるレン。ガレッドもそれに倣うと、村人達も跪いた。
木々の間から太陽の光が漏れ、祈り続けるレンを照らしていた。レン自体が神々しく光り輝いているようで、ガレッドは畏敬の念を感じていた。
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