元聖職者は理不尽な世を嘆く③
講堂での審問を終えたガレッドは、複数の僧兵に身を拘束されたまま教会の外に連れ出された。
「悪く思うなよ」
ガレッドを抱えていた僧兵の一人がガレッドの体を地面に投げ出すと、周囲に控えていた他の僧兵がどっと群がってきた。
ガレッドは逃げることも抵抗することもできなかった。群がってきた僧兵達は、無抵抗なガレッドを蹴り始めた。
教会より破門された僧兵は、残った同僚の僧兵から殴る蹴るの暴行を受けることになっていた。いつ頃始まった風習かは知らないが、長年に渡り僧兵達の間で行われてきたものであった。
ただ暴行する僧兵達も、本気で憎いと思ってガレッドを蹴り上げているわけではない。ちゃんと暴行しないと、彼等自身が司祭に目を付けられ、いつ何時破門を宣告されるか分からないからだ。ガレッドも、そういう僧兵達の気分を知っているからこそ、黙って彼らの暴行を受け入れていた。
暴行はものの数分で終わった。ガレッドにしてみれば、悠久かと思われる時間で、体を動かすことはおろか思考するのもままならない状態であった。
再び僧兵達に担がれたガレッドは、そのまま教会の裏口から路地へ放り出された。
「餞別だ」
僧兵長が拳大の皮袋を投げて渡してきた。ガレッドは受け取れず地面に落ちた。ちゃりんと軽い音がしたから幾ばくかの金貨あるいは銀貨が入っているのだろう。
「恨まないでくれよ。これが教会の掟なんだから」
僧兵長は哀れみの目で見ながら、決別するように裏口の鉄戸を閉めた。ガレッドは完全に教会から放逐された。
ガレッドがようやく動けるようになった頃には太陽は沈みかけていた。
まだ体のあちこちに激痛が走る。それでも飢えた野犬のように路傍に転がっているわけにもいかず、よろよろと足取りで路地を出た。
街並みは夜の営みに移らんとしていた。仕事を終え帰宅しようとする職人。あるいは仲間と酒場に行くのかもしれない。炊飯の煙があがっている家屋もある。至っていつもの街並みだ。
それに引き換え我が身は、とガレッドは眩しげに目を細めた。
すでに僧兵の法衣は剥奪され、現在着ている薄汚い服は所々破けている。自身で確認できないが、顔はきっと痣だらけであろう。つい先ごろまで聖職者であった自分はどこに行ったのだろう。すっかりと落魄れた身になってしまった。
「某はこの人々の風景を守りたいがために僧兵という身分ながら聖職者としての職務を全うしてきた。それにも関わらず、このような形で世に捨てられるとは……」
この世に正義というものは無いのか。悔し涙を流すよりも世の不条理さに呆然とするだけであった。
「これからどうしたものか……」
ガレッドは僧兵長から貰った選別の皮袋を開いてみた。やはり銀貨であった。ざっと計算してみても五百ギニーもないだろう。二日分の食費にもならない金額だ。
こういう時、故郷でもあればいいのだろう。しかし、ガレッドは故郷を捨てた身。あの悲しみしかない地に帰る気には全くなれなかった。
「とにかくドノンバからは出なければ……」
足を引きずるように歩き出した。ふと目の前を若い男女が通り過ぎていった。
女の方は多少大人びた雰囲気を持っていた。それでもまだ少女と言っても通用する風貌だ。女気のない場所で長年過ごしてきたガレッドでも思わず目で追ってしまうほどの美人であった。
男の方はあどけなさの残る少年であった。女の一歩後歩き、重そうな荷物を背負っていた。きっと女の荷物を持っているのだろう。
姫と従者。そんな関係が頭に浮かんだ。あんな若い女でも相応の身分でなれば、ああやって従者を連れて歩くことができるのだ。
「いかんいかん」
また我が身との差を考えてしまった。こんなことばかり考えていては、これから先、とてもではないがやり切れなくなる。
行く当てはないが、ひとまず北へ向かってみようと思った。
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