少年は激昂し覚醒する⑥
「ん……んん。冷たっ!」
あまりにもシードが目を覚まさないので、エルマは近くの川から掬ってきた水をシードの顔にかけてやった。流石に目を覚ましたようだ。
「何をするんですか……。あれ?ここは……」
シードは景色の変化に驚いていた。無理もあるまい。今シードとエルマがいるのは、レストプールの領主の屋敷ではなく、集落から離れた街道に沿うように流れる小川の川縁であった。
「エルマさん!あの代官は?トロンダは?」
「倒したよ、お前さんの渾身の一撃で」
渾身の一撃どころから、屋敷すら半壊させてしまったわけだが、それを言うわけにもいかなかった。あまりにも不確定なことが多いので、シードが天使であることと天帝以上の力を持っているかもしれないことは当面伏せておくことにした。
「でも、僕は覚えていない……」
「そりゃそうだ。すぐに気を失ったんだから」
「そうですか……」
シードは不満そうだった。自分の目で敵を討った瞬間を確認していないからだろうか。
「よかったら引き返してみるか?今頃代官殺しで、領の兵士がうようよしているけどよ」
シードは首を振った。流石にそこまでの度胸はもう残っていないらしい。
「いずれ風聞で知れるさ。代官が死んだことがさ」
「それで悪魔は?悪魔はどうなったんですか?」
それは覚えていたのか。エルマは小さく舌打をした。
「あいつは私がやった。悪魔同士、けじめをつけてやった」
「そうですか、ありがとうございます」
「礼を言うな。照れ臭いじゃないか」
本当に照れ臭かった。全身がかゆくなってきた。早々に話題を転じよう。
「で、どうするんだよ。これから」
「えっ?」
シードが不思議そうにエルマを見た。
「これからだよ、これから。カーブ村がああなって、お前はどうするんだ?」
「どうって……」
「カーブ村でも再興するか?でも、案外お尋ね者になっているかもしれないな」
「……」
シードは完全に沈黙した。突っ走るだけ突っ走って、本当に考えていないんだな、こいつ。
「こいつはいよいよ、私の奴隷になるしかないな。何しろ、私の奴隷になると言ったもんな」
エルマはこの上なくいやらしい笑みを浮かべた。
「僕はどうすればいいんでしょうか?」
「それはお前が決めることだろう?」
急にシードが澄んだ目になった。何事か意を決した力強さを感じられた。
「エルマさん。奴隷は嫌ですけど、僕を旅に連れて行ってください。何でもしますから」
「その言葉、忘れんなよ」
エルマは気分が高揚してきた。魔界を出たのが一度目の旅立ちとすれば、シードと出会ったのは二度目の旅立ちかもしれない。これは面白い旅になりそうだ。
「エルマさんと一緒に旅をすれば、もっともっと悪い奴を懲らしめて、世直しができそうですからね」
「はぁ?」
エルマは絶句した。こいつ、何を言ってやがる。完全に勘違いしているぞ。
「世直しって、お前!私はそんなつもりじゃあ……」
「だって、エルマさん。僕が村のみんなの敵を討つのを手伝ってくれたじゃないですか。自分のことを悪魔とか何とか言っていますけど、旅の目的は世直しなんですね」
「それはお前……」
「これからもどんどん悪い奴を懲らしめていきましょう!」
「だから、お前!違うって!」
「だははははははは、お嬢。お前さんの負けだ」
いつの間にか出現していたマ・ジュドーが下品に笑ったのでエルマは鷲づかみにして川に投げ捨てた。黒い球体が川下へと流れていく。
「さぁ、行きましょう、エルマさん。世の中の困っている人を助けに行きましょう」
「だ・か・ら!違うって言っているだろう!」
聞いていないのか無視しているのか、元気そうに歩き出すシード。エルマは腹立たしく思いながらも、溌剌としているシードを見ていると憎めなくなってきた。
『本当、面白そうな旅になりそうだぜ』
エルマはシードの後姿を追った。これからの旅のことを思うと足取りが軽くなり、あっという間にシードに追いつくことができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます