挑発された 2


「酒を飲んで一般人に絡むなど言語道断。軍人の風上にも置けませんわね!」


 勝手に軍隊を代表するかのような戯言に、マージェリーは怒っていた。

 貴重な休日、少しくらいなら羽目を外すのは良い。

 あまり良くはないが、ダンスをしていた自分たちをからかうのも赦してあげよう。それくらいの度量はあるつもりだ。

 だが国を守るという遂行な任務を、酒に酔ったどの口が言う? 

 ましてからかいを無視された腹いせになど何様のつもりだ。

 実弟が騎士学校で学んでいるためか、風紀の乱れが我慢できず、感情一直線で相手に食ってかかる。


「何だ? この女」 


「あなたがたに名乗るのもおこがましい!」


 呆気にとられる水兵をガン無視するが「そういえば」と中の1人が存在に気が付いた。


「この女、あのくたびれた水兵とお遊戯を踊っていたヤツだ」


 途端に「おおっ」と皆が集まり、遠慮会釈なくマージェリーの肢体をジロジロと眺めて勝手に品評会を始める。


「なっ!」

 不躾な視線に慣れていないマージェリーは身をくねらせるが、却って連中の好奇心を煽り完全なる逆効果。


「コイツ、なかなかイイ躰してるじゃないか」


「あの胸。いいねぇ、しゃぶりつきたい」


「あれだけデカいと掌に余るぞ」


「揉み甲斐があるよな。ちょっとババアなのが問題だけど」


「ケッコウな美形だしイイ女だが、いかんせん年嵩が行き過ぎてるな」


「もったいないな、年増なのが」


 連中の無遠慮な評価がマージェリーの負の琴線に触れた。

 頭の中にはっきりと、プッチンと何かがキレる音が聞こえ、自制心という名のリミッターが外された。


「黙って聞いていれば、好き勝手に人をオバサン扱いにして!」


 頭に完全に血が昇り、怒鳴るのと手が出るのが同時。

 不意を突かれた水兵は、マージェリーの平手に頬を抜かれ、地べたに叩きつけられる。


「その罪、万死に値するわよ」


 怒り心頭でで倒れた水兵に言い放つが、相手は腐っても王立官軍の水兵、女の一発くらいでどうこうなるものではない。


「女だからと下出にしていたら、ずいぶんとナメた真似してくれたな」


 数の優位さでマージェリーをぐるりと囲む。年増年増と言いながらも姦す気満々で、卑下た笑いを浮かべている。


「どこが下出よ?」


「紳士的に振舞っていただろう? ババア相手に相応の敬意を払っていたんだ」


 侮蔑的な物言いにもういちど張り倒そうとしたが所詮は女の細腕。殴るよりも先に「そうそう同じ手を喰らうか」と逆に手首を掴まれる。


「先に殴られたんだ。慰謝料は躰で払ってもらうぞ」


 威圧的な恫喝に、マージェリーが恐怖を感じたそのとき。


「女は姦すものじゃない、愛でるものだ。オメエら学校で学ばなかったか?」


 か弱い婦女子を庇うかのように、ランドールが割って入った。


「頼んでもいないのに余計なことを」


 憎まれ口を叩くが「頼まれてからじゃ男が廃るだろう?」とぎこちなく片目を瞑る。


「モテない男が僻むんじゃねーよ」


 マージェリーを背中で庇うと、水兵たちと対峙する。

 髭面の強面なのに、何故か一瞬白馬に乗った王子に見えたのは一生の不覚。


「オールドミスに欲情するほど落ちぶれて、終わりだな」


 あろうことか水兵以上の暴言を吐き捨てる。

 もちろんビンタをお見舞いするが、叩かれたことなどなかったかのように「これで足腰がしゃんとしただろう」と耳もとで囁く。


「なっ!」


 確かに抜けかけていた腰はいつの間にか戻っている。


「女はこういう風に扱うものだ」


 余裕のへらず口を叩くランドールに「バカ」と応えると、改めて水兵連中をキッと睨みつける。


「オールドミスにも相手にされないなんて可哀想ね」


 哀れみいっぱいに挑発を返す。


「だ、そうだ。モテない諸君ども」


 さらに追い討ちをかけるように、ランドールも手を振り追い払うのだからイイ根性をしている。


 当然、コケにされた水兵たちが黙っているはずもない。


「海にも出ない陸水夫がカッコつけるな!」


 激昂した1人が腰に携えた短刀の柄を握る。


「ちょっと。本気で刀を抜くつもり!」


 相手が剣を抜けばケンカのレベルで済まされない。

 最悪殺傷沙汰の事態に焦る中、甲板から「なにやってるの!」とセラフィーナの怒鳴り声がした。


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