第16話 踊る会議室
館の西端にある空き部屋。通称「ホール」は異様な雰囲気に包まれていた。
通常はパーティーなどを開いた際に、同行してきた使用人らの控室として使用する部屋なのだが、今日に限ってはここにいる全員が館の使用人。しかも理由も聞かされずに「ホールに行け」と命令された者ばかりであった。
「マージェリー女史が呼んでいるって、いったいどんな用件でだ?」
「さあ? さっぱり分からん」
部屋の隅で庭師たちが顔を揃えて首を捻る。
「私たちだってさっぱりよ」
その横では館の掃除担当のメイド数人が激しく同意する。
「仕事の真っ最中に、いきなりアーロン様がお見えになって「大事な用があるから、この部屋に来なさい」って言うのよ」
「私なんて「おう、いたいた」って、無くしたお皿を見つけたみたいな扱いよ」
掃除担当メイドと家宰では役回りで専務と平社員くらいの開きがある。呼び付けられれば否とは言えない、仕事を途中で放り出してここに来たのだという。
「俺らも似たようなものだ」
庭師も同じような状況で、呼ばれた理由も知らされておらず、困惑を隠せないでいた。
「そもそも、マージェリー女史が俺たちに用って何がある?」
「分かんない」
「そうよねー」
この場にいるのは掃除・洗濯担当のメイドたちに、庭師や館のメンテナンスを請け負う使用人たちばかり。
言っては何だが、仕事の上でセラフィーナ付きのマージェリーとは仕事内容が大幅に異なる。同じ館で勤めてはいても、仕事の上で直接絡む者はこの面子の中には誰もいない。
「まあ、女史に直接聞くのがいちばんだろう」
考えても詮のないこと。結局それが一番だという結論に至った矢先「待たせました」とマージェリーが入室すると、前置きもなしに「今から会議を開きます」とぶちかました。
「会議? このメンツでですか?」
庭師の1人が、まったく関連性のない職種で何を論じるのかと尋ねる。
というか、彼らが会議に出ることなどまずない。各々優秀な職人ではあるが、役職上は平社員みたいなもので会議とは無縁の存在。
精々各々職場のリーダーたちが、朝のミーティングに出席するくらい、疑問に思うのは至極もっともであった。
「ええ、いささか偏った構成で不審に思うかも知れませんが、これには理由があります」
「と、言いますと?」
「それを今から説明します」
と言うと、セラフィーナがトリートーンを相続した件から、ローデリヒの港であった顛末までを手短に話した。
「つまり、何ですか? 俺たちに手際よく甲板掃除をするアイデアを出せ。と?」
訊き返す庭師に「そうです」と頷く。
「どんな突飛なアイデアでも構いません。皆さんの意見を募ります」
「ハイ、ハイ、ハイーッ! ちょっと質問して、いいですか?」
と、掃除担当メイドのアデラが勢いよく挙手する。
「マージェリー様の話が今ひとつピンとこないのですけど、どうしてお嬢様の甲板掃除が、お家の存亡につながるのですか?」
混乱して訳が分からないといった面持ち。本題以前の根本的な質問にマージェリーは「ああ」と頷き、少し端折り過ぎたと反省する。
「わたくしとしたことが、少々勇み足でしたね」
説明不足だったとその場で詫びると、ユングライナーの相続に際してセラフィーナが実際に乗り込む必要があること、乗組員たちに認めて貰うために甲板掃除をする必要があることを付け加えた。
「ふえぇっ」
アデラが驚きの声をあげる。いや、アデラだけでない、この部屋にいる全員が一様に驚いていた。
「これでお分かりだと思いますが、ことはお嬢様個人の問題だけではありません。下手をすればお家の存亡に関わる一大事なのです」
「そんな大事になってるんすか?」
「ええと……」
「あ。庭番のバージルっす」
「その通りです、バージル。たかが甲板掃除でと思うかも知れませんが、これができないと最悪ボールドウィン家が潰れることになるでしょう」
一介の使用人如きが仕えている伯爵家の存亡を語るなど以ての外だが、言っていることは嘘でも誇張でもない。甲板掃除をクリアしなければ遠くない将来、ボールドウィン家が没落という将来を秘めている。
「理由は分かったけど……そんな広い場所をお嬢様1人が掃除ねえ……」
バージルが唸る。
「正攻法ではお嬢様は言うに及ばず、専門のあなた方でも1日で片付けるのは困難でしょうね」
港で見たまま、正直な感想を口にする。
でも……
「正攻法ではムリでも、上手に手抜きをすれば突破口はあると思うのですが?」
違いますか? と問いながらニタリと笑う。
マージェリーの放った手抜きの一言に室内が静まり返った。後ろめたいものがあるのか、よく見ると全員の表情が心なしか引きつっている。
「ああ、勘違いしないでくれます。手抜きというのは言葉の綾で、皆さん効率よく作業をするスキルをお持ちでしょう? それを披露して貰いたいのです」
言っている内容は同じだが、敢て言葉を言い換えて協力を依頼する。
「どんな突飛なもの……いえ、むしろ突飛なものほど良いかも知れません。どんな小さなことでも構いません、お嬢様のために持っている限りの裏技や道具を提示してくださいませ」
最後は深々と頭を下げる。
セラフィーナ付きとはいえ、館の使用人の中では要職に当たるマージェリーが頭を下げるとは思わなかったのだろう。
「まあ、そういうことなら」
使用人たちは協力を誓い、自分たちのノウハウを提供してくれた。
マージェリーがセラフィーナの私室に戻ってきたのは、夕食が運び込まれるのとほぼ同時だった。
約束通り傍らにレジュメを携え、夕食時間を会議の報告に充てるのだろう、配膳が終わるタイミングを見計らってから「こほん」と小さく咳払いをした。
「やはり餅は餅屋と申しましょうか、専門の使用人に訊くと効率的な方法が色々見つかりました。甲板掃除とは少々勝手も違いますので、中には使えないものもありますが、そこは厳選していけば宜しいかと」
「そりゃそうよね。取敢えずひととおり説明してもらってから、使えるものと使えないものを選り分けていきましょう」
「承知しました」
マージェリーがかき集めた裏技は、多種多様で「おおっ」と唸るものから、それこそ屁の突っ張りにもならないものまで山ほどあった。
セラフィーナは食事中そのひとつひとつを聞きながら、マージェリーと一緒に使えるか否かを分類・整理していった。
使えそうな裏技はいくつかあった。それだけでも正攻法と比べて、1時間以上短縮できそうな目星もついた。
しかし……
「でも、やっぱり問題なのは、お水よねー」
「そうですね」
2人の意見が一致する。甲板掃除で一番の難敵は、デッキブラシで水洗いする際の水の確保だ。
館の使用人たちも、さすがにこれと同じ状態は体験しておらず、気の利いた裏技は皆無だった。
だが、そのような状態にも拘らず、マージェリーは意外と冷静だった。
「メイドたちからは裏技は聞けませんでしたが、庭師たちから面白いアイデアを戴きました」
なんと、対策の腹案があるのだという。
「えっ。どんなの、どういうの?」
あると言われたら聞かずにはいられない。フォークとナイフを握ったまま、腰を浮かせて聞き込もうとする。
「お嬢様、はしたないです」
当然マージェリーが注意をするが、興奮したセラフィーナには糠に釘。
「誰も見てないんだから気にしない」
と、聞き流す。
「で、どんな方法?」
勢いづくセラフィーナに「まだ、ナイショです」と勿体ぶり、
「モノになるかは未知数ですが、やってみる価値はあるかと思います。今夜中に手配しますので、乞うご期待ということで」
「え~っ」
ぶーたれるセラフィーナに「今日はそこまでです」と強制終了を命じる。
「申し上げるまでもございませんが、夜更かしは厳禁です。明日は日の出とともに甲板掃除を開始いたしますので、そのおつもりで早々にお休みくださいませ」
既にマージェリーの中で決定事項らしく、食後に軽いストレッチを強制させられたかと思うと「就寝のお時間です」と強制的にベッドに放り込まれた。
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