第15話 ならば、採用試験?
「水兵の基礎といえば甲板の掃除だ。これがきっちり出来ないのなら、他の事なんてモノになりゃしない。だから、この主甲板をきれいに掃除してもらおうじゃないか。お嬢さん1人の力で」
ランドールが指差す主甲板を見て「お待ちなさい」と真っ先にマージェリーが吼えた。
「何ですか、この広さは! こんな広い場所をお嬢様1人で掃除しろって言うのですか?」
マージェリーがクレームを唱えるののもムリはない。主甲板というだけあって、とにかく広いのだ。
中心部に主たる3本のマストが整然と立ち並び、長さはトリートーンの全長のほぼ半分を占めている。
さすがにセラフィーナたちが住むボールドウィン伯爵の屋敷ほどの広さはないが、ちょっとした騎士爵や豪商の邸宅くらいの大きさはあるだろう。
しかし、
「トリートーンは交易船としては小型の部類だ。甲板は狭いほうだと思うぞ」
意地悪そうにランドールが笑う。
確かにそれは間違いないのだが……でも、広い。
「強制はしねえさ。ただし、やらなきゃ失格だよな」
「だ、そうよ。マージェ」
「でも、お1人でなど……」
到底ムリ。
と言おうとしたのだろう。が、そうは問屋が卸してくれなかった。
「おっと。これはお嬢さんへの試練だ、手出し無用で願いたい」
もちろん要らぬ手を貸さないよう、マージェリーに釘を刺すことも忘れない。
つまりは、無理難題を課して自主的にお帰りいただこうという魂胆なのだ。
だが逆に考えれば、付け入る絶好の機会ともいえる。
「要はわたしが1人で掃除すれば良い訳ね?」
確認するように尋ねる。
「まあ、そういうこった」
見ただけで逃げるとでも思っていたのだろう。少し驚いた様子でランドールが答える。
「で、いつからいつまでの間に?」
「時間は要るだろうから、明日1日にしておこう」
「1日ねぇ。まあ、良いわ」
「言っておくが、箒でちょっと掃いた程度は掃除とは認めないぞ」
あまりにあっさり了承したので、掃除の手を抜くと深謀したのだろう。慌てて注釈を付け加える。
「なら、簡単に手順を説明してくれる。せっかく掃除をしても「これは違う」なんてケチつけられるのは遠慮したいから」
「そこまでちゃんとするのかねえ?」
懐疑的な口調ながらも、一応の手順は丁寧に教えてくれた。
「これで良いかな?」
「分かったわ。で、道具は自由に使っても良いわね。まさか、か弱い女の子に素手でやれなんて言わないわよね?」
訝るように尋ねると、苦笑しながら「まさか」と手を振る。
「箒と雑巾だけでやれなんて、俺たちゃ紳士なんだぜ、そんな無茶は言わない。デッキブラシでも何でも好きなものを使ったら良いさ」
「その言葉にウソはないわね?」
「くどいなー。二言はねえよ。ま、精々頑張ってやるんだな」
「言質はとったわよ」
セラフィーナにしたらそれこそが大事なのだ、後から難癖を付けられたら困る。言うだけ言って去ろうとするランドールの頭越しに、確認事項を繰り返し声にする。
「さて、と」
ランドールが帰ったことを確認すると、両の手を腰に当てて掃除を請け負った甲板をぐるっと見回す。
「見れば見るほど……広いわねー」
改めて見回したって、面積が小さくなるようなことはない。
これを、たった1人でその日中に掃除ともなると、女の細腕はまず不可能だろう。
「ですから、わたくしが夜中に他の女中連中を引き連れて、こっそりと……」
「ダメよ!」
マージェリーの提案を強い口調で否定する。
「あの人たちのことだもの、絶対に様子を伺っているわ」
もし、ほんの少しでも手を借そうものならば、すかさず難癖を付けて無効にしてしまうだろう。
「ですが、これだけの広さの掃除をお嬢様1人でなんて……」
「そうね。とてもムリね」
請け負ったにも関わらず、あっさりと白旗を揚げた。
それもそのはず。
ランドールが示した手順は、甲板全体を箒がけした後に、海水を汲み上げてデッキブラシで甲板を磨き上げる。
その上で腐食防止のために半割にした椰子の実でさらに磨き上げて、最後に濡れた甲板を拭き取るというのだ。
つまり同じ場所を4回も作業しなければならない。ベテランで屈強な水夫でも、まず2日はかかる圧倒的な作業量であった。
だが……
「お嬢様は、勝算がある。と?」
「まあ、ね」
正攻法とは微妙にいい難いけど、かといって他に方法もない。
「ちょっと強引な手段だけど。マージェ」
「はい?」
「あなたの掃除の裏技を全部教えなさい。洗いざらい」
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