第14話 まずは舌戦
「だから、逆にお願いするわ。わたしを、船乗りにしてくれる?」
「いきなりぶちまけたと思ったら、何を言い出すやら」
セラフィーナの提案にランドールが呆れた口調で喉を鳴らす。
「船に乗りたいから船乗りにしてくれ? 頭を下げたらどうにかなるなんて、ほとほとお嬢さんの発想だな」
「そう? きわめて合理的なお願いだと思うけど?」
名目だけの船主ならば、仕官連中だけ館に呼んで「今日からわたしが、あなたたちの主です」と述べれば良い。いや、船長がいれば、船長だけ呼び付ければ何ら問題はない。
「わたしは書類上の船主じゃなくて、実際に乗り込みますからね。あなた方が相応しくないと思うところは、直接教えを請うて足りないところを身に付けるほうが手っ取り早いでしょ?」
発想はぶっ飛びだが、セラフィーナにしたら真剣そのもの。
そもそも未経験の小娘が役に立たないことなど、常識以前の当然ごと。
ならば乗っても足手まといにならないと認めさせる以外にないのだ。
だが、当然のようにランドールはせせら笑う。
「おい、聞いたか? 今の!」
しかも、これ見よがしにみんなに言いふらす。
「お嬢様が何を言うかと思ったら、これだ。海を甞めているとしか思えんな」
「いやいや。人生を舐めているだろう」
他の仕官たちも同じとばかりに、せせら笑いながら一様に頷く。
使用人である士官たちの不敬ともとれる暴言に怒ることなく「ふ~ん。そうなんだ?」とだけ答えると、セラフィーナはマージェリーに「例のものを」と言って一束の書類を受け取った。
「甞めているのは、皆さん方も。じゃない?」
小首を傾げ、会心の笑みを作る。
反発が出る前に「わたしがちょっと調べたんだけど」と、もらった書類をわざとらしくひけらかして読み上げる。
「ここ五年ほどのトリートーンの航海歴が分かったのよね」
「それが、どうかしたと?」
ランドールの声がやや引きつる。
「最初の2年くらいは凄いわねー。距離こそ遠くじゃないけれど、あっちこっちに航海に出ている。それも、他の船じゃ考えられないような速さで」
「そりゃそうだ。トリートーンは船足が速いのが持ち味だ。急ぎの荷物を運ぶことこそ真骨頂っていうものよ」
煽てられて悪い気がしないのかランドールが胸を叩き、他の士官たちも一様に胸を張る。
「でもね……」
ほめ殺しから一転、セラフィーナの口調が変わった。
「3年前を境に航海数がめっきり減り、1年前からはこの場に係留しっぱなしな状態になりましたね」
補足するようにマージェリーが続きを読み上げる。
「だが、それは……」
「ここに来る前に少し勉強したのだけれど、我が商会の主力船テスターカルテットは主に南方との交易だから、航海日数が凡そ50日。往復で100日前後費やして、現地での荷の積み下ろしが約10日。これを2往復こなして、残りはローデリヒの港で整備するのが1年の基本のサイクルね」
「それが、どうしたと?」
「つまり、年の4分の3は海に出ているのよね」
「3年前まででしたら、ほぼ同率でしたね」
マージェリーがメガネを光らせて航海歴から概算する。
「ところが3年前から航海日数は激減、1年前からはほぼ皆無。これなんだけど、お爺様の病歴とほぼ一致するのは、どういうことかしら?」
問いかけるが士官たちは沈黙したまま。
いや……
「だから、どうしたと?」
別の士官から異議の声が上がった。
「トリートーンはウイリアム様の船だ。ウイリアム様がご病気だったのに、海に出ることなんか出来ない!」
「ふ~ん。お爺様が船長だったんだ?」
「問題でもあるのか?」
半ばケンカ腰のランドールに「いいえ、ないわよ」と答える。
「お爺様はボールドウィン家の英雄だし、わたしが子供のころは航海の冒険や活躍とか、勇ましいお話もいっぱい聞いたわ。船長でないほうが、むしろおかしいわね」
子供のころせがんで聞いた冒険譚といえば、決まって若かりし頃のウイリアムの話ばかりだった。南の海で海賊相手に大立ち回りをしたとか、北の海で嵐の中を航海したなど、胸躍らせる話ばかり。当然ながら船を指揮するのはウイリアムで、操る船はトリートーンと決まっていた。
セラフィーナの思い出話に「そうだろう、そうだろう」と連中も納得する。
ただ、それらは過去の話。続くセリフに「でも」という注釈も忘れない。
「お爺様は身罷れたわ。ということは船長はいなくなったのよ。あなたたちの理屈なら、この船は廃船にするということね?」
極論をぶつける。
暴言そのものだが、先の主張と筋が合っているだけに、士官たちは反論が出来ない。
「ついでに申し上げますと。この1年間、全く海に出ていなかったのに、あなたたちにお給金が支払われている。これは先代ウイリアム様の意思と御当主エドワード様のご好意からです」
「それもこれもトリートーンが、我がボールドウィン家の誇りだからよ。でも、廃船にするなら必要ないわね」
「それは……」
「言っておくけど、わたしは嫌だからね。お爺様の船が無くなっちゃうだなんて。ついでに言うと、わたしが乗らないと王国が接収しちゃうから結果は同じよ」
「つまり、意地でも乗り込むと?」
「さっきからずっと、そう言っているわよね」
「なら、その決意を見せて貰おう」
売り言葉に買い言葉。ランドールの吹っかけに、セラフィーナはしてやったりと内心で狂喜した。
「受けて立とうじゃない、採用試験とやらを」
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