第28話 ダンス! ダンス! ダンス! 2
「ダンスの基本は、リズム感を養うことと柔軟な体を作ることから始まります。みなさん、身体を動かしているだけに、柔軟のスジがよろしいですね」
手を叩いて拍子をとりながら、全員一斉のストレッチ。
所謂股割りや前屈に屈伸など、本格的な運動を前にした柔軟体操に、イーストン夫人の褒め言葉が小気味よく甲板に響く。
「この程度のことは当然よ。お前らもそうだな?」
小手調べの柔軟など何の問題もないとばかりにランドールがせせら笑い、一緒にレッスンを受ける水夫たちも一斉に「おー」と吼える。
「まあ頼もしいこと。なら次の課題も難なくクリアできますね?」
「当然よ」
褒め上手な夫人の言葉におだてられ、アップグレードを承諾すると「次はこれです」と新しいストレッチを言い渡される。
「これも余裕よ」
基本体力には自信のあるランドールである。
年齢の割には柔軟性も衰えておらず、既に疲労の色が滲み出ているセラフィーナを尻目に、準備運動にしか過ぎないストレッチを難なくこなした。
「柔軟体操はパーフェィクトですね」
拍手とともに満点のお墨付きを貰う。
「あたりまえだ」
さも当然と言わんばかりに顎をしゃくると、褒め上手なイーストン夫人は「覚えの良い方々は素敵ですよ」と更に持ち上げる。
「では、本番といきましょうか?」
「おう。何でも来い」
煽てに乗せられたランドールが安請け合いをする。しかも、本番と聞いてソッポを向くセラフィーナを「ガハハ」と一笑に付す余裕のオマケ付き。
「準備運動で息切れするお嬢には、ちっとキツかったですかい? 俺たちには準備運動にすらならなかったけどな」
大人げなくも力こぶを突きつけて、基礎体力と格の違いを見せつけると、何故かセラフィーナは憐れむように「まあ、いいけど」と鼻で笑った。
「そんなこと言って。後になって悔やんでも、しーらない。と」
「命に係わる訓練でもあるまいに。悔やむ理由がねーよ」
「まあ、頼もしいですね。その調子で本番も頑張ってください」
所詮お遊戯とタカをくくっていたランドールたちだったが、軽難易度の柔軟体操はレッスン最初期のストレスを軽減する策略。
緊張が解れたとみるや否や、カリスマインストラクターは「では」と本性を露わにする。
「まずは基本のステップからです。わたくしが手本を踊りますので、よく見ておいてください」
基本のステップだと宣言しておきながら、掛け声をかけて踊り出した途端、いきなり巨体が右に左に大きく揺れる!
「え?」
あまりの高速ステップに、ランドールたち水夫の目がテンになる。
皆が呆然とする中30秒ほど踊っただろうか。ひときわ大きなかけ声とともにステップがピタリと止まり、一拍遅れて下あごの脂肪がプルルンと震える。
「ま、ざっとこんな感じです」
造作もないでしょ? と言いたげにイーストン夫人が両手を合わせて尋ねてくる。
「……も、もちろんだ」
強がって請け負うが明らかに声が震えている。
ダンスといえばお貴族様が「ブンチャッチャ」のリズムに合わせて、腰を抱いて踊っているというイメージしかなかったのに。
それがどうだ? 下手な訓練よりも余程激しい運動じゃないか。
「だから、お遊戯じゃないって言ったでしょう」
セラフィーナがそれ見たことかと言わんばかりに鼻で笑うが、ランドールとしては認める訳にはいかない。
「フン。余裕だな」
精一杯のやせ我慢をすると「さすが、海の男は違いますね」と退路を断つ悪魔のようなヨイショ。
「では、始めてもらいましょうか」
イーストン夫人してやったりという顔でニマっと笑うと、背筋から一筋の冷や汗が流れた
「はい! もっと早く!」
イーストン夫人が手拍子で軽快なリズムを刻み、軽やかにステップを踏む。その度に腹や脹脛に備わる肉の塊が跳ねるように揺れる。
が、ランドールたち水夫には、先ほどの準備運動とは違い、笑ったり驚いたりする余裕はない。
さもありなん。
リズムを付けてステップを踏むなど、生まれてこのかた今の今まで一度もなかったのだ。できるほうがどうかしている。
全員が全員、足捌きが覚束ずにもたもたする。
できなければ当然反復がある訳で。
「は、今のところをもう1回」
イーストン夫人が手を叩いてやり直しの要求。そしてまた「ワン、ツー♪ ワン、ツー♪」と最初に戻るのである。
「お貴族様のダンスって、こんなにキツイのか?」
足をヨレヨレにもつれさせながら誰かが愚痴をこぼす。
リテイクは既に2桁に上ろうとしている。筋肉痛やら疲労も溜まるというもので、踊りについていけないどころかその場に座り込むやつも出る始末。
「泣き言をぬかすな!」
虚勢を張って叱責をするが、ランドールも内心同じ思いでいた。
ワルツを刻んでとはまるで違う、踊りではなく走っているのでは? と思うほどの小刻みで激しいステップの連続。強がってはいるが身体は限界を訴えていた。
事実、心臓の鼓動は激しく打ち付け、息もそうとう上がっている。膝は笑い、腰は悲鳴を上げる。
「こんな激しい動きで、女と一緒に踊れるのか?」
あまりに激しいステップに堪りかねて訊いてみると、イーストン夫人は「まさか」と手を振って完全否定。
「今覚えて貰おうとしているダンスは、女性と一緒に踊るものではありません」
よく通る声で豪快に笑いながらキッパリと宣言する。
「はあ! なら、何で俺たちが覚える必要があるんだ?」
無意味なスキルを習得してどうすると文句を言うと、マージェリーが小バカにするように「プッ」と噴き出す。
「いったい何処の誰が、ランドールみたいな汗臭い男と踊りたいと思うの?」
コロコロと笑いながら言外に「この、身の程知らず」という空気を隠すことなく漂わす。
露骨な悪態を口にする行き遅れのオールドミスに殺意すら覚えるが、一応は年の功。困ったように首を振り、仕方がないといった雰囲気を漂わす。
「この引き締まった体躯、野性味溢れる男の薫り。ま、お子様や婚期を逃した誰かさんには分からない魅力だがな」
だが、
「カッコいいこと言ったつもりでも、足元がヨレヨレで説得力が皆無ね」
と、見事に斬って捨てる。
反論したいが事実なので、言っても犬の遠吠えにしかならない。
「ダンスなんてするのは初めてだからな。今はこんなんだが、慣れればどうってことない」
不慣れだからを前面に出して虚勢を張るが、マージェリーは見透かしたように「優雅な立ち振る舞いを?」と辛らつな言葉を緩めない。
「そもそも、あなたたちが貴族のご婦人やご令嬢と踊る機会があると思うのかしら?」
「そのためのダンス練習じゃないのか?」
セラフィーナの体力向上が主目的だが、社交の機会があるから一緒に練習という趣旨があったはず。テスターカルテットの水夫も必要に迫られて覚えたと、言った舌の根も乾かない間の全否定。
だがマージェリーは「ご冗談」と掌を横に振る。
「船長ならいざ知らず、ただの水夫が女性と踊ることなんてある訳ないでしょ。あなたたちに求めているのは、お嬢様が恥をかかないようにしてもらうことよ」
高らかに言い放つ。
ここまで罵られてキレなきゃ男じゃない。
「なら、やってやろうじゃないか!」
売り言葉に買い言葉。売られたケンカにランドールが奮起して、セラフィーナが地獄の特訓を味わうのは、当然の成り行きであった。
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