第10話 エドワード暗躍する 2
「次男のジェームズ殿が相続可能年齢に達する。まで、ですかな?」
焦れたアルシオーネ卿がポロリと漏らす。
さあ、ここからが本番だ。
「有体にいえば、そういうことになりますな。アルシオーネ卿が無慈悲な裁定を下されましたので、止む無く娘には泣いてもらうしかないかと」
先ずはさらりと実情を話す。
ここで感情を入れると拗らす元、あくまでも世間話の延長という雰囲気で軽く伝えることが大事。
もちろん敵も然るもの、エドワードの思惑などとっくに察知している。腹の底は見せずに「いや、参りましたな」と表面上は困った風な顔をしてみせる。
「役人たちは法に照らして己が業務を遂行しただけ、部下には公正であることを求めておるからの。特別扱いは悪しき温床の素、卿には不利益かも知れぬがご理解いただきたい」
言わんとすることは至極真っ当。ここだけを切り取れば、役人の鑑、貴族の良心と言えなくもない。
が、そこは魑魅魍魎が渦巻く貴族社会。額面通りな訳がない。
「私としても何とかしたいのは山々ですが、立場上、法を曲げてまで何とかとは言えませんな」
こちらもまた上辺だけを取り繕い、お互いに「ははは」と乾いた苦笑いを浮かべる。
微妙な根競べ。先に話題を振ってはいけないし、話題を変えたらそれこそ負け。
「如何ともし難いと?」
「左様ですな」
所謂、政治の駆け引きという奴である。
小競り合いで先に焦れたのはアルシオーネのほうだった。
「ご令嬢が船主の相続だと、色々と大変でしょう?」
根競べに負けて、核心の先端を口にしてしまった。
「そうですな。書類だけならさして珍しいものではありませんが、ユングライナーを相続するとなると、ただ名目だけというわけにはいきませんからな」
とはいえ、畳みかけは禁物。紅茶を口にしながら、ほんの少しだけ戦端を切る。
何せ最終的なラスボスはアルシオーネではないのだから。
「男なら、一度船の上に乗せれば体裁が立つのですが、如何せん娘ですのでそれだけでは皆が納得しない。困ったものです」
実際、これは事実。
書類の申請など、伯爵クラスなら出せばものの5分で受理される。
大変なのは、そこからあとである。
ユングライナーの船主就任がエドワードであったなら、相続にそれほど面倒なことはない。基本、男尊女卑な思想が蔓延するこの国において、当主であるエドワードが船主ならば文句を口にする輩など現れない。
だが、女であるセラフィーナが船主となれば話が百八十度変わってくる。
妬み・やっかみ、その他諸々。女であるが故に邪推やら妨害など、厄介ごとに巻き込まれる可能性が非常に大きい。
だからこそ、外野を黙らせる方便が必要になるのだ。
「左様ですな」
「全くです」
と、取り留めのない話を装いながら徐々に圧力をかけていく。
そして、この圧力をかけていく過程において、先の根回しがモノを言うのだ。
「こうなれば国王陛下にお願いに上がらねばと思案していましたところ、たまたま侍従長が「ならば、陛下との謁見を詰めましょうか?」と、あり難いお言葉を戴きまして……」
侍従長にアポを取ったのは事実だが、謁見の申し出などしていない。そんなことで陛下を煩わしたら不敬に問われかねない。だが、話の中身を知らないアルシオーネには、エドワードが侍従長と接触した事実こそが全てである。
万が一にでも陛下から直接裁定が下れば?
内容の如何に関わらずアルシオーネには要らぬ噂が付き纏う。
曰く「お忙しい陛下の手を煩わせた不届き者」と。
そうなると、のちの栄達に枷となるのは必至。
「ご令嬢の件は、私から交易船担当の者に申し添えておこう。美しすぎる船長とでも囁いておけば、要らぬちょっかいをかける輩も出てこまいて」
資本力が必要なだけに交易船の業界は狭い。異端な存在は叩かれる恐れがあるが、法務担当のアルシオーネ卿の口添えがあれば、そう簡単に手出しをする者はいない筈。
「ご配慮、恐縮です」
恭しく頭を下げるが、こんなものは腹芸の内にも入らない。
またとない後ろ盾を得て、エドワードはしてやったりとほくそ笑んだ。
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