第11話 でましたか、お舅さんが 1

 ローデリヒの港は、セラフィーナたちが住まうロードペンサーから馬車で小一時間のところにある。


 北方を2千メートル級の山々が連なるロック山脈の麓が、南方を王都方向から流れるレムズ河の大きな砂洲に守られた天然の良港である。


 いささか前置きが長くなったが、そのローデリヒの港のいちばん奥。有り体に言うと「当分この船は沖に出ることはないよ」というような場所。


 ぶちゃけ石積みされた岸の直ぐ横にトリートーンは碇を降ろしていた。




「うわぁ」




 馬車から降りたセラフィーナは、自分が船主となるトリートーンを見上げながら「すごい、すごい」と純粋にはしゃいでいた。


「おおきいです。ね」


 お付として同行したマージェリーも、セラフィーナの感嘆に同意する。




 交易船としては小型とはいっても、全長が90メートル・幅が18メートルもある。当然、レムズ河を遡上する河船とは大きさがまるで違う。


 帆こそ畳んでいるとはいえ、3本あるマストの高さは甲板から50メートルもあるのだ。文字通り「見上げる」に相応しい威容だ。




「それにしても……」




 ひとしきり騒いだセラフィーナに、マージェリーがこめかみに人差し指を当てながら眉を顰める。


「船を見るにつけ。やはり、お嬢様のその恰好は如何かと?」


「えーっ。可愛いじゃない」


「ええ、可愛いですよ、確かに可愛いですよ。その通りですけど、この場にはそぐわないと、朝からずっと申し上げていましたでしょう」


 この場で浮いているセラフィーナに注意するが、窘められた当人は涼しい顔。スカートをひらひらと翻しながら、トリートーンを前から後ろから見て回る。


「これが、わたしの船なんだー」


 堪能したのだろう。感慨にふけるセラフィーナに「誰が、わたしの船だって?」と、まるでテンプレートのような物言い。


 声のするほうに振り向くと、顔中無精髭に覆われたがっしりとした体躯の40代くらいの男がセラフィーナたちを睨みつけていた。




 マージェリーが「失礼な」と言うよりも早く、暴言を放った男が「この船はウイリアム・ボールドウィン様の持ち物だ」と断じる。


 こうなると黙っていないのは、セラフィーナではなくマージェリーのほうだ。




 つかつかと男のほうに歩を進め、上から目線で盛大に「フン!」と鼻を鳴らす。


 そのうえで自分よりもひと回りも大きい相手に「お黙りなさい!」と一蹴。 




「セラフィーナお嬢様に対して何たる暴言。服装から見るに、この船の乗組員ですね? ならば、なおのこと今の暴言は許すことが出来ません。謝りなさい!」




 ビシッと言い放つが、未だ言い足りないのか、口元で小さく「だからガサツなんですよ、船乗りなんて。汗臭くてかび臭くて、風呂に何日も入らない。不潔が服を着ている連中の元にお嬢様が行くだなんて……」とエンドレスに呟いていた。




 だが男のほうも負けてはいない。


「謝るも謝らないも、この船はお嬢ちゃんの船じゃないと言っているだけだ。無礼を働いてもいないのに、詫びる理由もないわな」


 と、さらさら譲歩する気がない。


 当事者なのに半ば傍観者状態だったセラフィーナは「ああ、これがお兄様の言っていた面倒なことなのね」と妙に納得していた。


 とはいえ、このままでは埒が明かないのも確か。


 なら、どうするか? 


 セラフィーナはモーリスの言葉を思い出す。命令では誰も付いてこない、だったわね。




 まずは相手の言い分を聞くべきであろう。


「そうね。何の説明もなしに、船主なんて言ったらマズイわね」


「お嬢様!」


「なんだ。道理を分かってるじゃねえか」




 セラフィーナは一歩前に出ると、「まあ、まあ」と窘めながら2人の間に割って入った。


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