第9話 エドワード暗躍する 1

 スリックランドの王宮は、首都ロードペンサーの中心部よりやや南、小高い丘の上に建っている。


 建国以来何度も増改築が繰り返され、王宮内部はちょっとしたダンジョンともいえる複雑怪奇な構造に……は、どうでもいい話。




 エドワードは申請した書類の件で、王宮に赴いていた。




 王宮はざっくり分けると、王族のプライベートな空間。謁見や催事など公的な空間、近衛師団が駐留し軍務卿が統括する国軍の総司令部となる軍事的空間・それと国の運営に携わる事務的空間の4つに大別される。


 ロードペンサーの市民が関わるような一般の雑事は、市内中心部にある市役所が担当するのが一般的だ。


 市政官が駐在しており、納税や各種申請はだいたいここで行われる。王宮は国の政でそれ以外は市役所という棲み分けができていること、一般市民が容易に出入りすると警備上と王宮の威厳に問題があることが理由である。


 にも拘らず申請書類で王宮に出かける。貴族社会の特権と柵が複雑に絡み合ってのこと故である。




「アルシオーネ法務卿に取り次ぎ願いたい。ボールドウィンが交易船相続の件で来たと」


 書類一枚にしても事前の根回しと準備、場合によっては相応の報酬(世間一般では袖の下と呼称するが)が必要だったりと、なかなか大変なのだ。


 その甲斐あってアルシオーネ法務卿との会談に漕ぎ着けたのだが。




「お父上の葬儀は大変でしたな」




 と入室早々労いの挨拶。


 例え火急の要件でも、いきなり本題に入らないのが貴族の礼節とされている。


 法衣貴族の執務室に応接間が誂えてあるのは大抵そのためで、無意味と思われる雑談を少しでも楽な姿勢で繰り広げるためである。


 面倒くさいなと思いながらも「その節は、丁重な弔問ありがとうございました」と答えて謝辞を述べるのもまたマナー。


 そこで「実は……」とは切り込めず、やはり時候の話題とかで無為に時間を潰す必要がある。


 実のところ半分マナーではあるが、残り半分は腹の探り合いという、考えようによっては無為な駆け引き。同じ臣民ではあるが、少しでも自領に有利なように取り込もうとする足の引っ張り合いで、お役所仕事が遅いと揶揄される所以でもある。




「そういえば、ボールドウィン卿には先日社交界デビューされたご令嬢がおられましたな?」


 そんな第三者から見れば不毛な言葉ゲームのようなやり取りの末、やっと本題に引っかかる題目に辿りついた。


「ええ。目の中に入れても痛くない、自慢の娘でして」


「お噂では大層お美しく、貴族・政商方々から婚姻の申し込みが引く手数多とか?」


 いや、アンタもその場にいただろう! とは言ってはいけない。この辺りが貴族社会の面倒くさいところで。


「親バカの娘自慢ですが、光栄の限りです」


「アルシオーネの家に若い男がいれば貴殿に求婚の挨拶に伺うところだが、生憎と我が家は爺と童しかいないのでな。残念至極」


「いやいや、そのほうが安心してお話できます。親ばかとしてはセラフィーナは未だ15歳。適齢期まで未だ少し間がありますので、あと暫くは手元に置いておきとうございますから」


 半分本音で語ったところで、アルシオーネの眼が光る。


「次男のジェームズ殿が相続可能年齢に達する。まで、ですかな?」


 解っているぞとばかりに、さらりと、核心を突いてきた。

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