第21話 園遊会…ですわ
エントランスにある車寄せに馬車が止まると、黒服の使用人がドアを開けて足元に踏み台を用意する。
もちろん御車側にも踏み台は積んであるが、屋敷の車寄せでは相手に用意してもらうのが礼儀。
踏み台の調度も含めて、洗練さで70点てところかしら?
ギリギリ合格点ではあるが、あと一歩の優雅さが欲しいわね。
なかなかどうして。辛らつな採点だ。
だが上には上がいて、さらに厳しい採点を行う者もいる。
「伯爵家や侯爵家ならば洗練さに欠き失格ですが、男爵家の格ならば、そこそこ良い使用人。ってところでしょうか」
「マージェは容赦ないわね~」
「事実を申したまでです」
顔を見合わせてクスリと笑う。
「あの……」
馬車に乗ったままの2人に何か粗相をしたのでは? と訝り「ああ、そうだったと」と首を竦める。
「着きました、お嬢様」
「そうね」
と白々しい芝居をして場を誤魔化す。それでも「ありがとう。お招き戴き感謝いたしますわ」と言うのは貴族の嗜み。
ピッカピカのお嬢様スマイル。
自身と筆頭メイドからは「詐欺師の笑み」と呼ばれる偽装の笑顔を顔に貼り付けながら、セラフィーナはボールドウィン伯の名代としてマージェリーを伴に従えて、タイランド男爵の催す園遊会へと赴いた。
「これはこれは。ボールドウィンご令嬢。ようこそ、おいで下さいました」
執事に案内されて会場に行くと、タイランド男爵自らが婦人を伴って挨拶してきた。
「父の名代でお伺いいたしました。こちらこそ、お招き戴き光栄ですわ。タイランド男爵」
昼間のガーデンパーティーということで略式の挨拶を交わす。
「いやいや。お父上の経営する商会には色々懇意にしていただいてます。今後ともひとつよしなに」
「ありがとうございます。父にその旨報告いたしますわ」
と、当たり障りのない社交辞令を取り交わす。
タイランド男爵家はボールドウィン商会の顧客のひとつである。
その内情は大きからず小さからず。安定的な取引先ではあるが、規模は常に一定で、屋台骨を支えるような大口ではない。いうなれば中庸の中の中庸、ベストオブその他大勢といったところ。
それに諸々の条件が上手い具合に重なり、セラフィーナの社交界慣れの場として、この園遊会に借り出されたのであった。
「本日は園遊会ですので、ダンスやパートナー云々といった堅苦しい内容はございません。ですが今回お嬢様は、旦那様の名代という肩書きを賜っております。お嬢様の一挙手行動が、そのままボールドウィン家の評価に繋がると、心して行動してくださいませ」
って、行く前は言うに及ばず、馬車の中でも降りてからもマージェリーに何度も釘を刺された。
わたしはマージェリーの中で、どれだけお騒がせ存在なんだ?
思わず叫ばずに入られなかったがそれはそれ。
「大人しくしていればいいんでしょう?」
「ちゃんと名代の仕事もしてくださいませ」
「するわよ!」
「ま、外面については今までも大量にネコを被っておいでですから、何の心配もしていませんが」
「じゃあ、何でお目付け役でいるの?」
「いつ何時、内面が滲み出してくるやも知れません。その時のフォロー役です」
「言ってくれるわねえ」
という、やり取りがあり。黙っていれば見目(だけ=マージェリー談)は麗しいセラフィーナは、たちまち園遊会の華となった。
の、だが……
園遊会の華といえば聞こえがいいが、当事者にしてみたら動物園の珍獣扱いされたかのよう。
主催者のタイランド男爵夫妻に挨拶したのを皮切りに、次から次へと挨拶攻勢に晒されていった。
「これは、ボールドウィンご令嬢。お噂に違わず、お美しい。私がもう20歳若ければ、身の程を省みず求婚いたしたものを」
「過分な評価、ありがとうございます、デリンジャー子爵。社交界入りしたばかりのお飾りの名代ですが、今後ともよろしくお願いいたします」
などというお世辞一杯のおべっかを、笑顔いっぱいでかわしたかと思うと、
「ボールドウィンご令嬢様」
「これはレノン婦人。母がいつもお世話になっております」
「まあ、そう堅苦しい話はなしに。こちら、私どもが贔屓にしているベッカー商会の……」
堅苦しい話はしないと言った舌の根も乾かぬ内に、御用商人と引き合わす。
さらには御用商人自らが赴いて、
「お初にお目にかかります。私、タイランド男爵様領で商いをしておりますベッカーというものです。御領主様の縁で商いをさせておりますが、ボールドウィン商会のご高名はかねがね伺っております。そこで……」
延々と商品説明とボールドウィン商会との取引斡旋を頼み込まれる。
とまあ、こんな感じ。
園遊会だというのに一片のクラッカーどころか、ワインはおろかお茶すらもろくに飲めず、ただひたすらに挨拶に終始しする始末。
社交界を夢見る子女がいたら「そんなものは子供が見る幻影。現実はひたすら挨拶とおべっかの海で溺れるようにもがいて、口先だけの愛想笑いをする場所よ」と膝詰めでこんこんと説教をしてやりたい。
「挨拶が終わったかと思ったら次の挨拶、息つく間もなくその次の挨拶。始まってまだ1時間しか経っていないのに、顔は引き攣って頭はくらくらよ」
やっとできた小休止に、隅で控えていたマージェリーに愚痴をこぼす。
喉を湿らすためにもらった水が美味しいと思ったのは、ダンスの特訓で足がつった時以来だろうか。
「社交界デビューの直後は、皆様方に顔を覚えていただくのがいちばんのお仕事。それは仕方ないかと」
実際、貴族の仕事の半分はコネ作りであり、その第一歩である顔の売り込みは極めて重要な案件である。
「こんなのが延々と続くかと思うと、社交界って本当に面倒くさいわねー」
他の招待客の居ないほうを向くと、心底げんなりした顔を作る。挨拶なら向こう3年分はしたんじゃないかと思う。
「そうは仰いますが、今回は主催が男爵様ということのあるで、出席者はわりと控えめですよ。大物貴族のパーティーともなれば、最低でもこの3倍は出席者がおられますから」
この3倍の人数を相手にするですと?
「勘弁してー」
「要は慣れです」
殆ど慰めになっていないアドバイスを貰う。
「まあ、疲れることばかりではございませんわ。ほら、あちらに」
と、マージェリーが差し出す手の先。同じように女中を侍らせて休んでいる同年代と思しき子女が、良い物を見つけたとでもいう風に手を振っていた。
「もしか? と思ったら、やっぱりセラだったんだ!」
目ざとくセラフィーナを見つけた貴族の娘-キャロライン・シールズが嬉しそうに寄ってくる。
「キャシーにアマンダこそ、どうしてここに?」
驚くセラフィーナの両肩に手を乗せると「皆まで言うな」とばかりにキャロラインがため息をつく。
「多分……というより、間違いなくセラと一緒よ」
「社交界に慣れろ? 強制というか命令?」
「大当たり」
問うたキャロラインも当てたセラフィーナも「やっぱり」とばかりに、がっくりと肩を落とす。
「始まった早々、挨拶・挨拶・挨拶・挨拶・(以下略)……で、もうぐったりよ」
「分かる。かくかく男爵やらしかじか商会やら、全部お父様のお仕事先じゃない。娘に取り入ってどうするの? って思うわよね」
同病相憐れむなのか、同じ思いを共有しているからなのか、一緒にうな垂れて「ねー」と愚痴る。
当然マージェリーとキャロライン付のメイドが「何を仰います」と窘めるが、2人にしてみれば嫌なものを嫌と言って何が悪い! と反発したくなる。
「だいたいよ。園遊会なんて、殆どがタイランド男爵の交友あるオジサン・オバサンか、商人やその取引先でしょう? 話なんか合うわけないでしょう」
相当不満が溜まっていたのだろる。枷の外れた溜池の水の如く、次から次へと不満が出るわ出るわ愚痴のオンパレード。
これには窘めようとしたメイドも引いてしまい「程々に」と注意するのがやっと。
話についていけるのは同じ立場のセラフィーナだけだった。
「あー、分かるー。お父様は知己かも知れないけど、わたしたちは全然知らないのだから。よろしく何たらとか言われても、困るだけだもんね」
「なのに、このドレス。服が泣くって」
両手を腰に当てて、ドンと落ち込んでいた。
まあ、確かに。キャロラインのドレスは昼間開く園遊会にしてはかなり気合が入っていた。
Aラインのワンピースは淡いピンクで、フリルがふんだんに使われていおり、背中には同じピンクのレースで結った大きなリボンが。胸元にも同様のリボンが小さくあしらわれており、ドレス丈を別にすれば夜会でも通用しそうな張り切りっぷり。
「せめて、どこかの家の貴公子でもいれば仲良くさせていただこうと思ったのに、判で押したようにご年配の方ばっか」
「そっち?」
呆れるセラフィーナにキャロラインは「何よ」と反論する。
「社交界の醍醐味ったら、それしかないじゃない」
それ以外に何があるの? と言わんばかりに、ゴゴゴとプレッシャーをかけてくる。
「だいたい、わたしたちの輿入れ先はどうせ家の都合で決まっちゃうのよ。だったら婚約者が決まるまでくらい、素敵な相手を夢見たって良いじゃない」
気持は分からなくはないが……
「なんだか、不毛じゃない?」
達観するように答えるが、キャロラインはあくまでアクティブなようで。
「もし、素敵な殿方が見初めてくれて、身分・資産が釣り合えば、求婚してくれる可能性だってあるでしょう?」
「天文学的な確率ね」
「でも、可能性はゼロじゃないわ」
いや、統計学上はそうかも知れないけど……
「だからセラだって、キレイに着飾っているんでしょ?」
と、セラフィーナの衣装を指差す。
いやいや。それ、違うから。
「勝手にマージェが手配したのよ」
セラフィーナの衣装もキャロライン同様Aラインではあるが、鶯色に近いライトグリーンのドレスは、ボトム広がりが抑えてあり、全体的に落ち着いた印象。ウエストの絞りに花をあしらってウエストの細さを強調しており、少し大きめに開いた背中と相まって全体的にクールに纏まっている。
全体的に品良くまとまっていることもあるが、セラフィーナの素材が良いことも相まって、園遊会の中でもひと際目立っている。その気はなかったのだが、期せずしてキャロラインの指摘どおりになってしまっていた。
「まあ、それはそれとして」
「って、何よ?」
いきなりの方向転換。さっきまでの殿方の話は何だったんだと、ひざ詰め説教したくなるが、キャロラインにしたら既に終わった話題のようで。
「聞いたわよ。交易船の船主になるんですってね!」
新しいニュース。というか、当事者に直接尋ねてきた。
「はぃぃぃぃっ!」
驚いたのはセラフィーナのほうである。
「何処で、その話を聞いたの?」
さっきまで男があーだこうだと言っていたのに、何の前触れもなく話を切り替えてきたのだ。
しかも、内容が内容。というか、父から話を賜って、未だ1週間も経っていない。
「社交界に噂が流れているのよ。ボールドウィン家のご令嬢が女だてらに交易船の船主-それも直接乗り込むって。ご年配の方々はどうだか知らないけど、わたしたちの仲間内では噂で持ちきりよ」
ウインクをして渦中にあることを知らしめる。
早すぎるだろう、噂。
「今日は園遊会だから、あまり根掘り葉掘り聞いたりしないけど、近いうちにお茶会を開くから。そのときに、いっぱいお話を聞かせてもらうわね」
好き勝手に爆弾を投下すると「タイランド男爵夫妻に呼ばれたから」と、両手を大きく振ってキャロラインは会場に戻っていった。
心の中が焼け野原になったセラフィーナはその場で呆けるしかなかった。
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