第20話 海の女たる前に淑女たれ?
ランドールが課した試験に合格し、晴れて幹部候補生となったセラフィーナ。
「あくまでも今は候補だからな。相応しくなければ今度こそ降りてもらうぞ」
「望むところよ」
「そりゃじゃ、明日からビシビシと」
「いいえ。そうは、参りません!」
勢いの目を折るかのようにマージュリーがメガネを光らせながら、ランドールを制してずいっと1歩前に出る。
「目の前の懸念が払拭されたのですから、その前にお嬢様にはしていただくことがございます」
「はい?」
驚くセラフィーナの眼前に、恭しく蝋蜜で封をされた封書を1枚差し出す。
「何、これ?」
嫌な予感満載。
蝋蜜で封ともなれば、内容や発信元が相応であることが確実。
「タイランド子男爵様主催の園遊会の案内状です。旦那様のご名代ととして出席していただきます」
「げっ!」
前振りなしな園遊会の出席の要請。しかも決定事項になっているし。
「待ってよ、いきなり案内状って。しかも名代で出席なんて聞いてないわよ!」
抗議するセラフィーナに、何食わぬ顔でマージュリーは「今、初めて言いましたから」と言ってのける。
「招待状は先代様が身罷れる前に届いていました。ご葬儀のゴタゴタでお嬢様への報告が遅くなりましたが、既にお館様がお嬢様が名代で出席すると返事を出しております」
「お父様がー!」
Oh My God!
「こう言っては失礼ですが、格下の男爵様主催の園遊会ですし、お嬢様の場慣れにちょうど良いだろうと。あ、もちろん奥様も承諾済みです」
「お母様まで! ……は、やりかねないか」
以外に冷静なセラフィーナの突っ込みに、マージュリーがこけかけた。
「それを言いますか?」
「だって、事実だし」
優しく優雅だが、基本「淑女たれ」がモットーの人だから。
「それだけ、お嬢様のことを思ってのことです」
「でも、わたしにはトリートーンの船主になる義務が……」
こっちのほうが優先順位があると主張しようとしたが、敵もさるもの「義務の中には、約束を守るという事柄もございますね」と圧力をかけてくる。
「そりゃ、義務だものね」
一般論で答えると「左様ですね」といちもつのある微笑。
切り返す暇も与えずに、「確か、お嬢様は仰いましたよね?」と、繰り出してくる。
「奥様相手に「淑女になることも両立してみせる!」と?」
うっ。それを持ち出すか!
「さあ? マージュは聞いていないでしょう?」
耳に掌を当てて、その場にいなかったのだから聞き間違いだろう。と、惚けようとした。
だが所詮はその場の言い逃れ。12年もセラフィーナ付をしている筆頭女中の前には、何の効果もなかった。
「直接は聞いていませんが……」
と前置きをするものの、エドワードやアメリアにきった啖呵をつらつらと再現。それも一語一句違えずにという完璧ぶり。
「ちゃんと奥様の言質は取ってあります。この期に及んでま、さか約束を違えることはございませんよね?」
身長差を盾に上からずいっと睨みつける。10センチを超える身長の差は、心理的圧迫に効果的で。
「……ございません」
あっさり陥落してしまう。
というか、一語一句間違うことなく、きっちりマージェリーに伝えるアメリアが空恐ろしい。
「と、いう訳で、明日は園遊会です。訓練はその後ということで宜しく」
またまたメガネをキリリと光らせランドールにプレッシャーをかける。
「ま。そういうことなら、仕方ないか」
既に苦手意識を植え付けられてしまったのか、これまたあっさりと承諾する。
「ランドール、さん!」
頼みの綱にもう一度鼓舞することを要請するが、思い届かず綱はあっさりと解かれ、ランドールは仕方がないとばかりに肩を竦める。
「お家の命なら仕方がないよな。俺たちも所詮ボールドウィン商会の雇われの身。優先権は向こうにあるだろう」
その割には今の今まで随分と横暴な口のききかたをしていたと思うにだけれど……
言っても詮のないことなので、ぐっと堪える。
「まあ、早い話が……」
「話が?」
「諦めな」
両手を高々と挙げて白旗のポーズをとった。
「こりゃ、どう考えたって、お嬢様の負けだ」
打つ手なし。とランドールは首を横に振る。
「そういう訳で……」
もう良いだろうとばかりに、再びセラフィーナに向き直る。
「で、で、で、でも。ほら。ドレスの用意だとかアクセサリーとか色々用意するものあるじゃない。急には間に合わないから、今回はパスよね」
園遊会とはいえ、できれば参加したくない。ダメな理由を探して欠席の理由にしようとするが、敵もさるもの。
「ご心配には及びません」
ドンと胸を張って大丈夫と強調する。
「こんなこともあろうかと、既にマダム・イーナの店に新作ドレスのオーダーはかけております。出来上がりの報を受けましたので、他の女中に受け取りを遣わしあした。アクセサリーもベルファイア商会よりドレスに合うものを幾つか見繕っておりますので、お嬢様は安心して園遊会にお臨みくださいませ」
外堀どころか内堀まで完全に埋められ、喉もとに切っ先を突き付けられた状態であった。
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