第19話 やってやろうじゃない、甲板掃除 3
「インチキだ! イカサマだ!」
セラフィーナの終了宣言に納得いかないのか、ハワードが騒ぎ立てる。
「俺だって、主甲板を掃除するのに、まるまる一日かかるんだぞ。それを腕も胸も細っちい貴族の女が、たった半日で済ませてしまうなんてあり得ない。金にモノをいわせやがって! 反則だ! 不合格だ!」
「胸が細いって、どういう意味よ! スレンダーと仰いなさい。失礼な!」
「お嬢様。そこは、どうでも良いところです」
「大事なところよ! マージェは良いわよ、マージェは。たわわに実っているから」
「わたくしの胸は木の実ではございません」
「でも、自分で大きいと思っているんでしょう?」
「滅相もない。人並み程度でございます」
胸を抱えて? 自己評価する。
「もー、その余裕が気に入らない!」
「僻むよりも育てることに注力なさってくださいませ」
「じゃあ、ノウハウを教えなさい!」
「そのようなものは……」
「ないとでも言うの?」
「オマエら、勝手に話しを変えるな!」
いつの間にか論点がすり変わった口論にハワードが爆発する。
「なによ、アンタが言ったんでしょう? わたしの胸が細いって」
「いや、だから。今問題なのは、内容が変わったことで」
「最初に言ったのよ。胸が細いって」
「そこが問題じゃなくて」
「じゃあ、訂正しなさいよ。胸は細くないって!」
「しかし、事実は事実だし……」
「何ですって!」
「だから、話の論点が違う」
「試験は、合格……に、せざる、を得ないな」
中身がずれてぐだぐだ? の口論の中にランドールが割って入ってきた。
「おい、待てよ、ランドール。あんな金にモノをいわせた、汚い方法を合格にしていいのか!」
が……
納得いかないハワードが、甲板を指差し、合格の裁定を出したランドールに詰め寄る。彼にしてみれば、奇策は反則であり、成功に値しないのだろう。
「金の力にモノを言わせたのは気に入らんが……」
「そうだろ、そうだろ」
同じ思いに満足なのか、しきりに首を縦に振ると、ランドールは「けどな……」と言葉を続ける。
「俺たちが決めた枷には一切触れていない」
「なっ」
ランドールたちが提示した条件は、セラフィーナが1人で掃除に当たることと、今日中に作業が完了すること。その2つともクリアして課題を達成しているのである。
「これで認めなきゃ、俺たちが逆に男らしくない」
ハワードを抑え、きっぱりと断言する。
「では、認めてもらえるのね?」
「金の力で強引ってところは少々引っかかるが、約束は約束だ。それに……」
「それに、何よ?」
微妙に引っかかる物言いにセラフィーナの声のトーンが下がる。
よくあるのだ。建前で認めて、実質拒否する連中が。
やはりそういう輩かと思った矢先、ランドールが「胸の話じゃないぞ」と釘を刺した上で、ニヤリと不敵な笑み浮かべた。
「甲板掃除に使った道具と方法、ありゃ俺たちの想像の外だ。俺たちじゃ絶対に思いつかない」
「それは、評価してくださっているの?」
セラフィーナの疑問に「もちろんだ」と答える。
「既存の枠にとらわれない柔軟な発想、リーダーには重要な資質だ。金にモノを言わせては俺たち庶民の僻みだ、気にするな」
「その割には妙に拘っているようですが?」
マージェリーの指摘に「だから、拘るところが庶民なんだよ」と切り返す。
「とはいえ、経験不足は如何ともし難い」
「そりゃ、今まで乗ったことないんだもの」
お客様として以外はね。というセリフはブルジョワ臭がきついので差し控える。
「だが、幸いといっちゃなんだが、俺たちも、このトリートーンもロクに海に出ちゃいない」
「言い切っちゃたわね」
「ウソを言っても始まらんだろう。そこのキツイ顔したメガネの姐さんが調べ上げているし」
「何か、仰いました?」
「ともかくだ!」
メガネを妖しく光らせたマージェリーに、旗色が悪いと思ったとか、早々に話を戻す。
「俺たちもあまり他人のことは言えないが、陸に上がりっぱなしの水夫たちは、もう一度鍛えなおす必要がある。船も改めてメンテナンスする必要があるしな。ちょうど良い機会だから幹部候補の名目でみっちり鍛えて差し上げよう」
「今の言葉に二言はないわね?」
「海の男の約束だ。違わねえ!」
わたし、女の子なんだけど。は、言わぬが華であろう。
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